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初めての「一本!」といくかな?   

窓から外をのぞき込むと、路面が濡れいる。「雨が降ったのか・・・」。
昨日は夏のような暑さがぶり返したかと思うと、一転、今日は半袖では寒いほどである。
長女は、昨日、学校で体調が良くなかったらしい。長男はというと、「職場体験」の全期間を終えて、かなりクタクタかな?と思ったら、至って元気だった。
で、今朝はゆっくりと起きて、ゆっくりと駅に向かった。
M銀行前に車を着けて、ノボリの準備をしていると、「おはようございます」と言う声が。んん??と顔を上げると、巨体のクリスの姿が。肌寒くなったせいか、ジージャンを着ていた。とっさに、「グドゥ モーニング」と返事。いつもの笑顔を見せたクリスは、英会話教室の仕事に出かけていった。
今日もまた、ミャンマーの武力弾圧のこと、福田内閣の事などを話した。
50代半ばの男性が通り際に、「いつもがんばってますねぇ!」と激励してくれた。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」と応えた。
昨日まで、決算特別委員会の仕事でかなり忙しかった。今日から少し他のこともできそうだ。午後からは、地域の人たちといっしょに、街頭宣伝をすることになっている。
そして、明日の朝は、長男の剣道大会があり、私と妻は、また、荷物運びのお手伝いの予定だ。今日は、明日に備えて特訓らしい。
初めての「一本!」といくかな?
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by ken-tono | 2007-09-29 09:47

オリーブの実のような・・   

実に爽やかな朝となった。朝早く起きて、深呼吸する空気が何と美味しいことか。
昨日で、決算特別委員会の各部の審査が一件を除いて終了したこともあり、まずは、やれやれといったところだ。
駅の駐車場に車を止めると、もう早々と、駅前のお店の内装工事の業者さんがトラックを止めて仕事に精を出していた。
スタンバイして、ビラを手に持ち始めたら、すぐに、トコトコちゃん達の姿が見えた。相撲の立ち会いではないが、「おはようございます」と言いながら会釈をする間合いがある。私の方がちょっと始動が遅れたために、タイミングを合わせようとトコトコちゃんの首が亀のように間延びをしてしまったのだ。んん、ごめん。そう思いながら、「涼しくなったね?」「ウン!」・・・と、あれっ、先週も同じこと言ったっけ?なんて思いながらも、「気をつけてね・・」と見送った。妹のトコトコちゃんは、さっそく、隣のお姉ちゃんに「涼しくなったね?だって・・」と報告していた。んん・・・・
残念ながら、6時半のおじさんは一足先に出かけた後のようだった。
すぐに、両国勤務のお嬢さんが階段から上がって来るのが見えた。ほぼ同時に別の方向から赤いポロシャツを着たヒゲのお兄さんが歩いてきた。先に到着したヒゲのお兄さん、今日は話しをしたいらしく、「安倍首相は・・・、福田首相は・・・」と憤懣やるかたない様子だった。2,3歩遅れてきた両国勤務のお嬢さんとは、瞬時に、笑顔で挨拶を交わした。オリーブの実のようなグリーンの色の上着に白のスラックスという、今日の天気によく似合うファッションだった。
サングラスのお兄さんがやってきた。「おはようございます。調子はどうですか?」「よくないよ」。いつも歯切れがよく、妙に元気を与えてくれる人だ。
ゴルフ部員の高校生は、今日もクラブを持って、来年が受験という都内のO高校の女の子も張り切った様子で出かけていった。
日大三中の生徒達、三高の野球部員の生徒達も元気よく挨拶をしてくれた。
新橋勤務のお嬢さんとお母さんがやってきた。お母さんにまずご挨拶。で、お嬢さんに。グリーンの葉をデザインしたシャツが秋って感じがした。
さてさて、今日の駅頭での話は、まずは、ミャンマーで日本人ジャーナリストの長井さんという方が死亡したことから。本当に残念でならならない。ご冥福をお祈りしたい。軍事政権とはいえ、無暴力のお坊さんや一般市民に発砲するのは止めてほしいと思う。他の国のことではあるが、話し合いで今の事態が解決することを願ってやまない。
ましてや、アフガニスタンでのテロ根絶にはならない報復戦争と、それを支援する自衛隊の派兵と「テロ特措法」の延長は止めるべきだ。
・・というようなことを中心にして、福田新政権「背水の陣」内閣の政治に、日本共産党は、真正面から挑んでいくと訴えた。
来週から、首相の所信表明演説、代表質問が行われる。
宣伝を終えて、市役所にくると、庭にドングリの実が落ちていた。
広葉樹のてっぺんの方を見上げながら、子どものころ、秋田の山で、栗やクルミの実をとって食べたこと、アケビやヤマブドウを採るために、山や沢を駆け回ったことをふと思い出した。
・・・・・・・・・・。
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by ken-tono | 2007-09-28 09:35

アメリカ、米軍は、30年前の墜落事故のことをもう忘れてしまったのだろうか。   

どうもハッキリしない天気だ。
私が審査に参加している昨日の決算特別委員会が、夜の12時近くに終了したために、今朝の宣伝は取りやめることにした。
長女が学校へ出た後、それでもいつもに比べればゆっくりと自宅での朝を過ごして市役所に向かった。
長男は、昨日で3日目の職場体験でかなり疲れてきた様子。私が出かけようという時に、まだ布団の中で丸まっていた。地域の青少年地区対策委員会に参加されている中学校の先生の報告によると、受け入れをお願いした職場から早くも苦情が来ているとのこと。詳しいことは分からないが、きっと、慣れない職場で子ども達もどうしていいか困っているのではないだろうか。この事業、抜本的な見直しが必要だと思うし、先生や父母のみなさんからも改善を求める声が上がっている。
さて、今日は、ちょうど30年前、1977年9月27日、横浜市緑区の住宅街に米軍ファントム戦闘機が墜落した日である。幼い2人の子どもさんと、闘病生活の後に、お母さんも犠牲になって亡くなられた、重大な事件だった。
実は、当時私は、和光大学の学生で、時間は覚えていないが、下校時の鶴川駅の上りのホームで、横浜方面に墜落していくファントムを見た。ずいぶん低く飛んでいるな、と不思議に思ったが、後で、墜落したとのニュースを見てびっくりしたことを覚えている。お母さんの和枝さんは、全身に大やけどを負い、確か、殺菌のための薬のお風呂に入って治療するという、まさに、生き残っても生き地獄のような日々が続いた。
この母子の苦しみを決して忘れてはならない。
日米安保条約の下でアメリカに対する従属的な日本の立場を続けてきた自民党政治が、いま、国民のみなさんの意志によって変えられようとしている。
米軍の基地のない、爆音のない、そして、墜落によって尊い命が失われることがない日をめざしてがんばっていきたい。
ん~ん、それにしても、今日は朝から米軍機が頻繁に飛んでいる。
アメリカ、米軍は、30年前の墜落事故のことをもう忘れてしまったのだろうか。
飛行訓練の自粛もしない、横暴勝手、傍若無人と言わなければならない。
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by ken-tono | 2007-09-27 09:59

なぜか今日は、訴えに力が入った。   

朝、家を出たばかりの時は、雲のまにまに青空が見え、なんか、秋っぽくなってきたなという感じだったのに、宣伝を終える頃には、スッカリ雲が出てきてしまった。
久々に、Mデパート前にマイ宣伝カーを止めて訴えをした。
昨日、福田政権が発足した。が、すでに話してきたように、国民に対する反省もなければ、これまでの小泉、安倍政権と政策に変わりがない。「構造改革」、改憲、派兵の政策である。
わが党の志位委員長が、昨日の国会議員団総会で挨拶をしたように、これは、ますます自民党政治の崩壊に向かわざるを得ず、日本共産党は、それに代わる国民の立場にたった新しい政治をつくっていきたい。と、私も駅頭で訴えた。
デッキの上から私の方をのぞき込むようにして、瞬時、立ち止まって聞き入る人が見受けられた。
で、久しぶりに、彦坂恵子さん(党元市議)のニコニコした姿が見えた。
その後、0さんちの近所の花屋さんが、仕入れの帰りだろうかワゴン車で通り、手を振ってくれた。
なぜか今日は、訴えに力が入った。
「日本共産党と共に力を合わせて、新しい政治をつくってゆきましょう!」と。
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by ken-tono | 2007-09-26 09:27

「涼しくなったね・・」   

「涼しくなったよ」という妻の一言で、久方ぶりに背広の上着を着ていくことにした。
夜半の雨の最後のおこぼれがパラパラと降っていて、路面は黒く濡れたままだった。すがすがしい朝の空気を思いっきり吸い込みながら、マイ宣伝カーで駅に向かった。
グッズを持って駅頭に着くと、昨日までのたばこの吸い殻が無数に散らばっていた。私は、持っていたホウキでササッとはきながら、1カ所にまとめておいた。
と、背中の方から、「おはようございます」と若い男性の声が聞こえた。振り向くと、昔、柔道をやってたと思われるような耳をしている30歳ほどの男性で、挨拶をする人だった。いつもは、私の方から声をかけるのだが、今日のように、わざわざ彼の方から声をかけてくれたのは、初めてのことだった。
またまた、すがすがしい気分になった。
しばらくすると、本町田のMさんが、特製の首冷やしタオルを巻いて、軽快な足取りでやってきた。「・・・・・・・・・・・・・」「はい?」「涼しくなったね・・」「そうですね。気をつけて・・」「じゃぁ!」と言って、Mさんは、右手を挙げて駅に下りていった。
同じ団地に住んでいるOさんとは久しぶりに会ったが、とても元気そうだった。
今日は、しんぶん赤旗一面トップの記事を早速紹介した。東大阪市議選で日本共産党の候補9人全員が上位で当選。1万票を増やしたのだ。逆に、長尾市長を不信任した自民党と公明党は、票を減らし、議席も2議席づつ少なくなった。
私は、「今日から、国会が再開され、首相選挙が行われますが、自民党政治衰退の方向は、地方政治にも現れています」と、東大阪市議選の結果を事例にして訴えた。
さて、昨日は、長男の職場体験。帰ってから聞いてみると、「けっこう楽しかった」と。スクールの生徒さんたちと一緒に、水中エアロビクスなるものをやったそうだ。クタクタになってるんじゃないかな?と思いきや、けっこう平気そうだった。
一方、長女の方は、「あれ~っ、お父さん帰っているの?じゃ~、何か作って。お腹空いた~」というので、残ったご飯で、ササッとチャーハンを作ってあげた。
宣伝を終える頃には、太陽が差しててきて、暖かくなってきた。
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by ken-tono | 2007-09-25 09:13

福田氏に決まったけれど・・・   

「自民党の総裁は福田氏に決まりましたが、これまでの自民党政治に何ら反省もなく、基本的に同じ自民党政治を進めていこうとしています。解散総選挙で国民の信を問うべきです」・・・
通行する人たちはまだまばらな今朝の町田駅頭で、私は、昨日の自民党総裁選挙の結果について訴えた。
連休の最終日のせいか、休みの日の割には、人では少ない感じがした。交通安全週間なので、交通指導の警察官が信号が変わるたびにピィ~と吹くホイッスルの音が大きく鳴り響いていた。
そういえば、今日から5日間、中学2年生の職場体験が行われる。期間の長さの問題や受け入れてくれる企業がかなり少なくなってきて全員決まらない問題など、改善を要する事業の一つだ。私は、先週の決算委員会で、それらのことを指摘し、改善を求めた。
それはそうと、わが長男も中学2年生で、今日から職場体験に行くことになっている。長男の場合は、級友と2人で市内のスイミングスクールになったそうで、昨夜も海パンやバスタオルなどを用意していた。今週は、けっこうクタクタになるのではないだろうか。
今朝の駅頭でも、中学2年生らしき子どもたちがゾロゾロと歩いていたが、それぞれの職場に行ったのかもしれない。
さて、昨日は、もちろん朝の宣伝はお休み。午前中は、Oさんと地域周りをした。Kさん(77歳)を久しぶりに訪ねてみた時の話し。Kさんは、週に3日、相模原の病院に入院しているご主人の看病に行っているそうだ。ご主人は、2年前、脳梗塞で倒れてしまったのだ。自分の会社を営んで73歳まで仕事をしていたご主人。仕事を辞めたら、2人でゆっくり旅行でも行こうと話し合っていたそうだが、退職して間もなく病に倒れてしまったそうだ。
75歳以上の人たちが強制加入させられる後期高齢者医療保険制度の話しをしたら、どうやら知らなかったらしく、私の説明を聞いて怒り心頭。「これまで一生懸命働いて税金を納めてきたのに、高齢者からさらに高い保険料を取るなんてヒドイ!」と。
総裁に選ばれた福田氏もこの制度を抜本的に見直すなどとは言っていないばかりか、社会保障の財源として、財界が要求する消費税の増税に早くも言及している。
なんということだろうか。
「政府は、年寄りからお金を取ることばかり考えないで、もっと近いところで主人を見られるように、病院を増やしてください」。
Kさんの率直な願いだった。
私とOさんは、Kさんの願いを胸に、次のお宅に向かった。
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by ken-tono | 2007-09-24 09:44

ピカソの絵   

今日で500回目の記事になった。
朝、顔を洗って、ゆっくりとコーヒーでも飲んでいるような感じで、ブログを書き続けていきたいと思う。これからもどうぞよろしくお願いします。
さてさて、私は、昨日、朝10時から、市議会の決算特別委員会に出ていたが、終了したのが、なんと夜の11時半だった。こんな時間まで議会が行われたのは久しぶりのことだった。
というわけで、寝るのが遅くなってしまい、土曜日もしていた朝の宣伝は止めることにした。というよりは、遅れたけれどがんばって駅に行ったのだったが、M銀行前はタクシーで一杯だったため、あきらめてやらないことにした。
原町田の商店街に寄ってみると、いくつかのお店は、もう準備が終わって一休みしていた。駅でいつも挨拶をするように、お店のおじちゃんやおばちゃん達に「おはようございます」と元気に挨拶をした。
昨日の議会の疲れも、一晩、グッスリ寝たらスッキリとした。
話しは決算委員会の内容に戻るが、生涯学習部の審査の中で、私が取り上げた問題は3点。
一つは、考古学資料室について。町田市は、都内でも有数の埋蔵文化財の宝庫だ。高ヶ坂遺跡から最近の田端遺跡まで、多くの遺跡群とともに、貴重な遺物も発掘されている。
ところが、土器や石器などの遺物を展示する場所があまりないのだ。考古資料室の拡充を求めた。
二つめに、木曽山崎図書館について。施設が狭いために、子ども達や市民の方々は、床に座ったり、外のベンチで本を読んでいる。雨の日はそれもできない。大きな団地の中心にあるこの図書館の改修や建て替えを求めた。
そして、三つ目に、国際版画美術館について。日本唯一の版画専門の美術館がこの町田にある。棟方志功や畦地梅太郎はじめ、貴重な美術品が収納されてているし、昨年行われた、ケーテ・コルビッツの企画展など、すばらしい展示会も開催される。私が問題にしたのは、決算書からも、作品の収集や、学芸員の調査研究事業の予算が減らされてきていることだ。いい美術館かどうかは、作品と共に、それを調査、研究する優れた学芸員がどれだけそろっているかにあると思う。ヨーロッパ諸国と違い、日本国政府の貧困な文化政策と予算の結果、地方自治体の美術館はどこでも財政難に悩まされている。予算が切り下げられ学芸員の仕事が停滞すると、美術館の存在意義は事実上失われてしまう。学芸員の活動が活性化するようにきちんとした予算を付けるべきだ、と要求した。
私は、とくに、市内の小学生や中学生、高校生に、世界と日本の本物の芸術を出来るだけ生で見せてあげたいと思う。
すばらしい作品は、時代を超えて人々に感動を与えてくれる。
秋田を離れ、京都に行った20歳前の私が、生まれて初めて目にした本物の絵がパブロ・ピカソだった。
『貧しき人々』や『シュミーズ姿の少女』・・・
ピカソの初期の時代のこの作品を、私は、今でも忘れることができない。
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by ken-tono | 2007-09-22 10:06

「身長伸びた?」・・   

昨日から9月議会の決算特別委員会が始まったために、その準備を含めてなかなかブログに向かうことができなかった。
昨日も朝は宣伝をしたのだったが、様子はすっかり忘れてしまった。ただ覚えているのは、本町田のMさん、首にブルーのタオルをマフラーのように巻いてきたのだが、よくよく見てみたら、中に細工がしてあった。ちょうど首のあたりにアイスノンが入っていたのだ。お~、これは優れもの!と、感心した。
で、今日はというと、昨夜は9時過ぎまで決算委員会に出席したために、今朝起きるのがとってもつらかったのだが、気合を入れて起きて、駅に向かった。
久しぶりに6時半のおじさんがやってきた。長袖にハットをかぶり、それに、透明なプラスチックのグラスをかけてきたではないか。ん~ん、まったく目が離せない人だ。ビラを渡すと「お~、そうか・・・」と笑顔で受け取ってくれた。
そして、トコトコちゃんたちがやってきた。「おはようございます」と。「身長伸びた?」と突然聴いてみた。トコトコちゃんは、もちろん「ウン!」とゲンキよく返事をしてくれた。
両国勤務のお嬢さん、今日は、黒の上着姿でやってきた。たくさん人がいたため、チラシは渡せず、「おはようございます」と声をかけた。
白の上下のサングラスのお兄さんは、お腹に手を当てながら向かってきた。「調子得悪いよ・・」と。「夏バテじゃないですか?」「ん~~ん」「気をつけて!」・・。と、どうしたわけだか、お兄さんの方から握手をしてくれた。
新橋勤務のお嬢さんは、お母さんのすぐ後を追いかけるように、歩いてきた。「おはようございます」と、今日はとても元気そうだった。
という感じで、私のほうが、決算委員会で忙しくなったために、ブログの方をご無沙汰してしまったが、駅を通るみなさんは、いつものようにとっても元気だった。
よっし、議会の方もがんばるか、そんな思いで、今朝の宣伝を終えた。
今朝のしんぶん赤旗でも紹介しているが、沿道には、コスモスが咲き始めた。
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by ken-tono | 2007-09-21 16:00

「んだがらしゃぁ。こんた雨だば見だごどねぇ」。   

柔道の世界選手権で、谷亮子選手をはじめ、塚田真希選手、棟田康幸選手の3人が激戦を勝ち抜き、みごと金メダルを獲得した。どの選手もものすごい奮闘だったが、とくに、私は、お母さんになって初めての国際試合で優勝した谷選手・ヤワラちゃんに拍手を送りたいと、観戦しながら思った。一瞬たりとも気を緩めない、あのすさまじい気迫に感動した。
と、感動覚めやらぬままに朝起きたとたん、妻が、「秋田の川があふれて大変なことになってるよ。テレビに阿仁川が写っていたよ」と。
さて、駅に行くか、と思っていた矢先のこと、わが故郷の阿仁川が、昨日の秋雨前線の影響で増水し、家屋などに被害を与えているとのこと。地域住民1万数千人が学校の体育館に避難しているらしいが、人口からいっても相当な人が被害を受けたことになる。
私は、さっそく、秋田の実家の母に電話した。毎日5時前には起きている母だが、電話の声はまだ眠そうな声だ。
「雨で大変だったんだって?」「そうなんだよ。こんな雨は、見たことないよ」(秋田弁なので、「んだがらしゃぁ。こんた雨だば見だごどねぇ」)。81歳の母は、氾濫した阿仁川の様子を教えてくれた。昨日の夜になって、母のところに、後輩のYちゃんのお母さんから電話が入り、「家の中まで水が入ってきた。息子のYちゃんに電話してもつながらない」と。母は、土砂降りの雨の中を10分ほど歩いて、Yちゃんのお母さんのところへたどり着いた。
探しまくった結果、Yちゃんは、消防団で別の被災地の方へ救援に行っていることが分かった。自分の実家にお母さんが取り残されているのに、目をつむるしかなかったのだ。消防に連絡しても救援隊はいっこうに来ない。2階に避難し、相当時間がたってから駆けつけ、ポンプで吸水してもらい、助かったとの事だった。
また、母の実家の方でも、田んぼに川の水が入ってきたために、農家をしている私の叔父は、土嚢を積む作業を、夜11時過ぎまでしていたそうだ。
私自身の記憶でもこんな大雨はなかったと思う。
それにしても、阿仁町が北秋田市に合併されたことによって、消防や除雪、医療機関など、地域住民の命と安全を守る体制が弱体化してきていると、私は、帰省するたびに話を聴いてきたが、今回もその問題が露呈した形になったようだ。
・・・と、母との話を終えた私は、駅に向かった。時間が遅くなったので、M銀行前にマイ宣伝カーを止めて、話を始めた。
ヤワラちゃんのこと、秋田の洪水のこと、敬老の日のことと、高齢者に冷たい自公政治のこと、消費税増税をもくろんでいる自民党総裁選候補2人のことなど、である。
久しぶりにオンリーワンのお兄さんがやってきた。「がんばれよ!」と、缶コーヒーを差し入れてくれた。
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by ken-tono | 2007-09-18 09:18

私の母は、81歳。祖母は、105歳で敬老の日を迎えた。   

今日は敬老の日で祝日である。私も朝の宣伝はお休みにした。
妻は、仕事の出張で、朝早く横浜に向かった。土曜日から3連休の子どもたちだが、私もなんやかんやと仕事があるため、どこかへ連れて行こうかな、ということにもならない。もっとも、子どもたちの方が、親と一緒にどこかへとはならない年頃になってきた。
というわけで、朝ゆっくりの私が、子どもたちに、シャケのおにぎりと卵焼きを作ってあげた。
「後で食べるんだよ・・」「うん。いってらっしゃい」。
私は、長男に見送られて家を出た。
とにもかくにも、今日は敬老の日。町田市でも高齢化は進んでいる。今日は、町田市の統計から紹介してみたいと思う。
まず、2007年9月1日現在の人口は、410,323人。前月比361人増だ。世帯数は、171,502世帯、前月比で240世帯増。他に、外国人の方が、4,799人、3,603世帯である。
では、高齢者と呼ばれる65歳以上の老年人口はというと、79,429人、男35,821人、女43,608人で、高齢化率は、19.4%となった。
では、町田市民の中で100歳以上の方はというと、71人だそうで、男9人、女62人と、女性の方が7倍もいることになる。さらに、103歳以上となると、18人になり、男4人、女14人だそうだ。
町田市民を見ても長寿の方向はますます進んでいるが、問題は、高齢者が本当に大切にされる政治が行なわれているかどうかではないだろうか。
自民公明政権は、すでに、後期高齢者医療保険制度を来年4月から実施しようとしているが、これまで扶養家族になっていた高齢者を含めて75歳以上の全ての高齢者が保険への加入を義務づけられ、年金から強制的に保険料を天引きされる。保険料はというと、東京都広域連合の試算と町田市の国保税の年金額別に比較をしてみると、およそ国保の1.5倍から2.7倍もの保険料が徴収される。保険料を滞納すると、「保険証」は取り上げられ、「資格証」というものに取り替えられて、窓口での医療費は本人全額負担となる。また、70~74歳までの「前期高齢者」の医療費本人負担が、1割から2割に引き上げられる。
お年寄りには、ちゃんとした医療をするな。お年寄りから沢山お金を取れ、という制度であり、日本共産党は、制度の凍結と抜本的見直しを要求している。署名にもぜひご協力いただきたい。
おりしもおり、自民党の総裁選が行われようとしているが、候補とされる、福田氏と麻生氏は、2人とも、社会保障の財源として消費税が必要で、そのための増税を検討する必要があるということをすでに話しているようだが、とんでもない人たちだ。
マスコミを利用して、自民党への国民の注目を狙っているようだが、参院選挙で重大な審判が下った自民党に、国民の立場で政治を良くしようという片鱗も見られない。
国民のための新しい政治、お年寄りが安心して生きていくことが出来る政治をつくっていくときだ。今日の敬老の日、改めてそう思った。
前にもお話ししたが、ちなみに、私の母は、81歳。祖母は、105歳で敬老の日を迎えた。
郷里の秋田県北秋田市(旧 北秋田郡阿仁町)で元気に暮らしている。
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by ken-tono | 2007-09-17 10:25