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強い怒りを胸に青い空を見上げた。   

昨日の「診察」の結果、当面、「盲腸」は切らずに、11月下旬に再度診察をすることになった。急性虫垂炎という炎症は治癒したので、右下腹部はまったく痛くない。が、立派な「盲腸」はそのままというわけだ。まぁ、しばらくは仲良くしていく以外にないのかな。
さて、今朝は、熟睡したこともあって、妻が子どもたちの弁当を作っている音で目が覚めた。長女もとっくに起きてシャワーを浴びていた。長男は、カタツムリのように丸くなってまだ寝ている。
急いで支度をして、駅に向かった。
Mデパート前は、搬送車でいっぱいだった。やむなく、一番前につけて、いなくなったら移動しようと、とにかく最初はせせこましい場所で宣伝を始めた。次第に、ほかの車が搬入を終えて、場所が開いたので、ゆったりとした場所でマイクから訴えた。
デッキの上は、人、人、人である。知っている方たちもたくさん通っているようだが、こちらからは十分顔が見えない。
が、今日も暖かい朝の天候だったので、思いっきり訴えることができた。
福田首相と民主・小沢代表との密室会談は、議会選民主主義に反する、と。会談は、全会派の党首と、公開して行うべきだ、と。
また、昨日の衆院テロ特別委員会では、わが党の笠井亮衆院議員が、海上自衛隊の給油活動は、米軍主導の戦争への支援であり、アフガンの和平の方向への支援に転換すべきだ、と質問したが、私は、質問の内容を紹介し、「戦争支援から和平支援へ転換を!」そして、「平和と憲法守る日本共産党への支援を!」と訴えた。
通行していた女性から「がんばって~!」と声援が寄せられた。
宣伝が終わろうとしたころ、ゴォ~~ッ!!と米軍戦闘機が上空を横切っていった。
自民党政治は、海外でアメリカの戦争支援をし、国内でも基地を提供し、思いやり予算を出しながら戦争への支援をしている。
アメリカいいなり、軍事優先の自民党政治を変えなければ。
強い怒りを胸に青い空を見上げた。
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by ken-tono | 2007-10-31 09:49

突然の「夏日」   

なんと昨日は「夏日」だったそうだ。どうりで汗っかきの私の身体が反応したはずだった。ん~ん、それにしてもこんな時期に、どうなっているのだろうか。
昨夜の掛け布団、少なくて済んだから、案の定、暖かい朝となった。
今日はゆっくりと起きて、ゆっくりと駅に行った。
M銀行前に着け、マイ宣伝カーのマイクで、今日は、守屋前政務次官の証人喚問問題を訴えた。
証言では、山田洋行前専務から200回以上のゴルフの接待を受けたことや、宴席には、時の防衛庁長官を始め、複数の政治家がいたことが、わが党の赤峰議員の追及で明らかになった。政官財の極めて重大な癒着であり、疑惑はますます深まった。
また、海上自衛隊の補給船から米軍の補給船への給油量を20万ガロンと偽って報告していた問題では、2003年5月にこの問題が発覚したときに、守屋前次官が、在日米大使館公使に連絡を取り、そんなことななかったという口裏合わせをしていたという事実も明らかになった。80万ガロンが事実で、イラク作戦にも使われていたのであり、アメリカの戦争への軍事的支援そのものだ。政府は、事実を隠蔽してきたのだった。新テロ特捜法などとんでもない話で、自衛隊はインド洋会場から撤退すべきだ。そして、守谷前次官などの再喚問をと訴えた。
今朝のサラリーマンのみなさんを見ていたら、朝刊を抱えている人が多かったように、この問題に大きな関心を持っている事が分かった。
ましてや、5兆円という突出した軍事費を更に増やしていくために、消費税を増税し、国民に痛みを押しつけようなどと、とんでもないことだ。
この怒りを、国民のみなさんと共有し、自民公明政治の根本的転換へがんばりたいと思う。
・・・・と、そんな訴えをした。
日大三中の子どもたち、忠生高校の生徒さんたちが、「おはようございます」と元気な笑顔を見せてくれた。
突然の「夏日」の恩恵で、気持ちよく朝の宣伝をすることができた。
さて、朝、出がけに、秋田の実家の母に電話をした。おばさんが亡くなり、本来なら帰らなければいけないところだが、今日がちょうど、先日の「盲腸」の再診察日で場合によってはということもあり、お花と香典を送り、行かないことにした。
おかげさまで、「盲腸」の痛みは全くなくなったが、「盲腸」自体は現存している。
果たして診断の結果は?
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by ken-tono | 2007-10-30 11:09

「よぐ帰ってきたね・・」と労ってくれるのだった。   

そういえば、昨日は、台風一過の影響もあって、「暑い」一日だった。そして、今朝もその余波が残っている感じがした。
わが家の子どもたちは、先週の土曜日が学習発表会で学校に行ったため、今日が代替えの休日となった。いつもなら、シャワーに起きてくるはずなのに、夢心地だった。
空は、白と灰色の雲が混在した妙な天気だが、晴れである。駅に向かいながら、ラジオを聞いていたら、やはり青木功選手の話が出た。年齢以下のスコアーで回った「エイジシュート」というのが昨日の快挙だったのだそうだ。それにしても、清々しい最終章だった。
一面に散らばったたばこの吸い殻をまとめて、回収は、後から仕事で来るおじさんたちに任せることにした。
ポニーテールのご主人が深々と頭を下げて挨拶をしてくれた。
本町田のMさん、昨日、ご自宅の前で車の掃除をしているところでお会いしたが、今朝も元気に歩いてこられた。
町田木曽団地のAさんも昨日お会いしたが、今日も元気そうだった。
私立T高校三兄弟の本人・三男と長男の方が今日も一緒にやってきた。チラシを渡すなり「お疲れさまです」と激励を受けた。
バイオリニストのお父さんとお嬢さんも挨拶をしてくれた。
今朝は、昨日、四万二千人の参加で都内の亀戸中央公園で行われた「国民大集会」の話し、今日の国会で証人喚問される守屋前防衛事務次官の問題。赤旗日曜版でスクープした久間前防衛大臣の問題、消費税増税の三つのからくりのこと、大企業減税、防衛費という二つの聖域にメスを!など、日本共産党の主張を訴えた。
今朝ぐらいの暖かさだと良いのだが、これから寒くなってくると思う。
と、そんなことを考えながらマイクを握って話しをしているところへ、自宅の妻から電話がかかってきた。「さっきお母さんから電話で、今朝の一時過ぎに、Tおばさんが亡くなったって・・」と。「あ、そうだったの・・・」。Tおばさんは、母の弟の奥さんだが、私の秋田の同じ阿仁町の実家のすぐソバに住んでいる。私は、小さい頃からかわいがってもらってきた。この夏に、長男と帰省したときには元気そうだったのに、ガンの進行には勝つことができず、帰らぬ人となってしまった。
私が、秋田に帰ったときには、必ず、「よぐ帰ってきたね・・」と労ってくれるのだった。
秋田は、いよいよ冬に入ろうとしている。薪ストーブのパチパチパチパチという音が聞こえてきそうだ。
Tおばさん、安らかにお眠り下さい。
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by ken-tono | 2007-10-29 09:24

青木功選手、優勝おめでとう!感動をありがとう!   

午前中は、文学館祭りに顔を出した。外で古本市が、中では、お茶のサービスが。そして、2階では、遠藤周作の企画展が開かれていたので、ゆっくりと見た。とはいっても、ご本人には大変申しわけないが、氏の作品を読んだことがない。今日は、氏の人となりの一端を学ぶことができたと思う。近く、代表作の一つ「海と毒薬」でも読んでみようかな。
二階に上がったら、原町田のUさんが、お手伝いをしていた。帰りがけ、外へ出ようとしたら、タバコ屋の奥さんが、お茶コーナーのお手伝いに来たところだった。「あっ、こんにちわ・・」と挨拶をして、文学館を後にした。
原町田の商店街に行ってみた。パークアベニュー商店街では、巨大かぼちゃの重さ当てクイズをやっていた。隣に4.9㎏の普通のかぼちゃが置いてあり、「それを持って参考に・・」とアドバイスが。巨大かぼちゃはとにかく重くて、腰を入れないと持ち上がらなかった。私は、「48.5㎏」と書いて応募箱に入れたが、果たして結果はどうなるか?
くるりと一回りし、A理容店に寄った。お客さんが帰ったあとらしく、ご主人がいた。「あさって、また、キノコ採りに行くんですか?」「うん、行くよ」「まだあるんですか?」「ん~ん、行ってみないとね。でも、最後だと思うよ」と。キノコの話になると尽きない・・
午後から、Sさんと一緒に町田木曽団地で宣伝をした。ある場所で、宣伝の後、Aさん宅を訪ねたら、私の演説はまったく聴くことなく、お昼寝中だった。わざわざ起こしていただき、署名をしてもらった。住民税増税のほかに、会社で月給が下げられてしまったので、節約と健康のために、駅まで30分ほど歩いてて出勤しているとのこと。大変だなぁ。
スーパーの前で宣伝をしていたら、知ってる人がたくさん通り、音を聞いて、Tさんがわざわざ5階から降りてきてくれた。「久しぶりですね」と握手を交わした。Tさんが勤めている都内・下町の工場では、高齢の旋盤工のみなさんが、日本経済を支えて元気に頑張っている。社長さんが、58歳、Tさんが62歳で、その上に2人いて、最高齢が72歳、と。ところが、社内でこの方にかなう人はいないのだ、とも。感心した。
今日は、「後期高齢者医療制度は、来年4月からの実施をストップさせましょう!」と訴えたのをはじめ、「社会保障の財源は、国民への消費税増税ではなく、大企業への減税をやめることと、突出した軍事費を減らすこと。この二つの聖域にメスを入れる提案ができるのは日本共産党です。ご支援を!」と訴えた。
「あなたが言うとおりだよ。がんばってね!」と、買い物帰りの奥さんに激励された。
さて、夕方、テレビをつけたら、日本シニアオープンゴルフという大会の実況中継が放映されていた。懐かしい青木功選手がトップを争そっていて、最終ラウンドの場面だった。青木選手が、バーディーを決めて、一打差でトップに躍り出た。2位の選手(私が名前を知らない方でゴメンナサイ。あとで新聞を見たら、室田淳選手だということが分かった。室田選手ごめんなさい)が、最後のパットをバーディーでクリアすると、青木選手とスコアが並んでプレイオフになるか、というところだった。結果は、2位の室田選手が至近距離のパットをはずして、青木選手の優勝が決まった。
そのとき映し出された2人のシーンが感動を呼んだのだ。青木功選手は、はずした選手に、「ごめんなさい。ありがとう」とばかりに、額まで手を上げたのだ。
それに応じるように、「さすがですね。おめでとございます」と、2位の選手が笑顔で青木選手のところへ駆け寄り、勝者を祝福し、2人は、がっちり握手をしたのだ。
スポーツマンシップにあふれたすばらしい試合を見ることができた。さすがだな、と思った。
ワイドショーがいまだに亀田一家のことを時間をかけて取り上げることよりも、今日の日本シニアオープンゴルフのようなシーンをもう一度放送してほしいと思った。
青木功選手、優勝おめでとう!青木選手、室田選手、感動をありがとう!
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by ken-tono | 2007-10-28 23:22

最後の演奏   

天気予報では今日は雨。起きて空を見ると、一面灰色の雲に覆われている。本降りにならないうちにと、出かける準備を早く済ませた。
私が洗面所から出たら、もう長女が起きてきた。「おはよう・・」「うん・・」。今日は、中学校の学習発表会で吹奏楽部の演奏があるため、「朝練」で7時には家を出るためだった。
余裕を持って駅に着くと、いつも早い時間に出かける高校生がコンビニに立ち寄る姿が見えた。それにしても早いお子さんだ。
スタンバイをして今日は、後期高齢者医療のことで、先日、厚労省交渉をしたときのチラシを配り始めた。宣伝の話の内容も、その問題を中心にして、財界中心の政治からの転換を思いっきり訴えた。
早い時間に行ったにもかかわらず、今日は、6時半のおじさん、トコトコちゃん達の姿を見ることはなかった。風邪でも引いたのではないだろうか?と考えたりした。さらに、両国勤務のお嬢さん、ヒゲのお兄さん、サングラスのお兄さんも、どうしたわけだか来なかった。
その代わり、いつも「おはようございます」という挨拶だけで通る方たちの中から、いろんな言葉をかけていただいた。
小柄な奥さんは、「あら、久しぶりですねぇ」と。
年配のおじさんは、「今日は、早いなぁ!」と。
そして、A病院に透析治療に通っているおばあさんは、「元気になった?」と私の体のことを心配してくれた。私は、「あ、ありがとうございます」と、すぐにお礼をしたが、考えてみたら、おばあさんの方が体がきついはずだった。
浅草の甘味屋さんの職人をしているお兄さんが、いつもよりずいぶん遅い時間にやってきた。「今日はゆっくりですね?」「仕事場がデパートのほうに変わったので、10時までに行けばいいんだ」と。そして、「浅草にまた食べに来てください」「ぜひ今度・・」と。
・・・と、そこへ、パキスタン人のAさんがやってきた。「あっ、久しぶりですねぇ」「おはようございます」。私は、右手を差し出し握手をした。が、どこかぎこちない。変だな?と思ったら、Aさん、仕事で小指の先を怪我をしてしまったらしく、包帯を巻いていたのだ。「大変でしたね。お大事に・・」と手を振った。
新橋勤務のお嬢さんは、今日も明るい笑顔で「おはようございます」といいながら、出かけていった。
さて、そんなわけで、午前中、わが家の子どもたちが通う中学校の学習発表会があるというので、妻と一緒に見学に出かけた。空き教室などを利用して、いろんな作品や取り組んだ成果の展示がしてあった。美術の授業で作った作品、修学旅行新聞、職場体験記、移動教室新聞などなど、生徒たちの努力の結晶の数々を見ることができた。
私は、その後、仕事が入っていたので、舞台発表の方は見ることができなかった。実は、わが家の2人も登場したのだった。2年生の長男は、剣道の型の披露を。3年生の長女は、吹奏楽部の演奏で、今日が最後の演奏だったようだ。
とくに、長女にとっては、思い出深い演奏になったと思う。
「聞いてあげることができなくてゴメン・・」。体育館でスタンバイしているはずの長女に向かって、心の中で話した。
中学校の校庭に出ると、朝ほどの横殴りの雨はすでに上がっていた。
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by ken-tono | 2007-10-26 12:49

「釈迦内柩唄(しゃかないひつぎうた)」   

今日も遅めに家を出て遅めの時間帯での宣伝をした。
気温が昨日よりも下がるとの予報だったが、さほど寒くない。タクシーの縦列がほとんどなかったMデパート前に止めて、乾いた空気の皮をたたくような気分で、気持ちよく宣伝をすることができた。
今日もまた、守屋前次官の証人喚問の問題、新テロ特措法の問題、消費税問題などを中心に話しをした。どの問題を取り上げても、大企業中心の政治を改革できるのは、国民の立場で財源論を示し、財界から一円のお金ももらっていない日本共産党しかない、という訴えにつながる。うなずきながら通る人が何人かいた。
日大三中の生徒たちが、元気な笑顔を見せて、挨拶をしてくれた。
さて、昨夜は、「有馬理恵のひとり芝居・釈迦内柩唄(しゃかないひつぎうた)」という芝居を観てきた。知人の有馬理恵さんは、俳優座に所属する若手の女優さんだが、これまでなかなか機会がなかったが、初めて観ることができた。
私は、90分休憩なしに一人芝居を演じきった有馬さんのパワーと迫力に圧倒されてしまった。そして、「釈迦内柩唄」の内容にスッカリ感動した。
「釈迦内柩唄」は、水上勉氏の原作で、釈迦内は、わが故郷、秋田県の花岡鉱山の近くの地域で、私の実家からも車で一時間半ぐらいの所にある。有馬さん演じる主人公の「ふじ子」は、死体焼場を家業とする一家の娘だが、周りの人たちから女隠亡(おんぼ)と呼ばれ、差別されてきた。舞台は、第二大戦の終戦間際、当時捕虜として花岡鉱山で強制労働を強いられていた約1000人の中国人が、あまりのひどさに耐えかねて近くの山に逃げた。ほとんどの人たちが捕まり、拷問を受けて400人以上が殺害されたのだ。芝居の中では、一人の朝鮮人が、焼き場であるふじ子の家に逃げ込むが、憲兵に見つかり銃殺される場面があった。
「釈迦内柩唄」は、この朝鮮人にふじ子が聞かせてあげたかぞえ唄と、お母さんが歌った木挽き唄だ。
戦後、花岡事件の被害者である中国人の方々が、経営者の鹿島建設を相手取り訴訟を起こしていたが、数年前に和解している。
戦争を二度と繰り返させないためにも、花岡事件を風化させてはならない。
「有馬理恵のひとり芝居・釈迦内柩唄」を観て、そう思った。
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by ken-tono | 2007-10-25 09:53

「比内地鶏」と「秋田」には、名誉挽回でがんばってほしい。   

先日の日曜日のように、空はスッキリと晴れた。新聞を見ると、最低気温が14度、最高気温は21度とある。「21度だから昼間は暖かくなるんじゃない?」という妻の一言で、今日も薄手の背広を着ていくことにした。
長女の朝シャンを待って私がシャワーをあびたため、その分いつもより遅くなってしまった。
市役所の職員がゾロゾロと出勤し始めた時間帯に宣伝をスタートさせたので、いつもと少し顔ぶれの違う方々に訴えることとなった。
内容は、昨日と同じになったが、日本共産党の衆院比例候補24人の紹介や、新テロ特措法の質疑に望んだ赤峰衆院議員の質問の内容などについて話しをした。
サラリーマンの方々は、私の話にずいぶん聞き耳を立てていたように思う。
夢中になって話しをしていたら、目の前に桜ヶ丘勤務のお嬢さんが現れた。いつもの笑顔で応えてくれた。
A病院の送迎車の運転手さんとは、毎日のように会うせいか、すっかり仲良しになった。今日も患者さんを迎えて、会話をしていたので、A病院であったときのことを話した。
「先日はどうも・・」「あっ、見たことある人が病院にいるからビックリしましたよ」「あの時、盲腸と診断されて、急遽○○病院に紹介されて、即、入院だったんですよ」「そうですか。大変だったんですね」と。
朝早くA病院の送迎車を利用される人たちは、ほとんどが透析治療を受けている人たちだ。週に3~4回、その日は一日がかりで透析をしなければならない。以前、私も見学をさせていただいたが、本当に大変だと思う。先の決算委員会では、災害時の透析医療の充実を求めた私の質問に、担当者は、充実する方向で取り組むと答弁したが、強く望みたい。
さて、このところニュースの話題になっているのが、食品の安全問題だ。「赤福」に続いて「比内地鶏」までもが・・。「比内地鶏」といえば、私の故郷・秋田県の名産物だけに、他の安い鶏肉を偽って使っていたなど、本当に許せない。二度と起きないような改善策を求めたい。
私の後輩のYちゃんは、秋田の障害者施設で、もちろん、本物の「比内地鶏」を飼育、調理、販売し、施設の運営に役立てているが、他にも、まじめにがんばっている農家はたくさんある。利益を優先して郷土に泥を塗るようなことは止めてほしいと思う。
それにしても、秋田には、比内地鶏でなくても、十分に美味しい地鶏がある。私たちが子どもの頃地域で行った「きりたんぽ会」では、普通に農家で飼っている地鶏と取れたての新米やキノコを使って作ったきりたんぽを食べることができたが、「比内地鶏のきりたんぽセット」よりは、ず~と、ず~と美味しかった。
とにもかくにも、「比内地鶏」と「秋田」には、名誉挽回でがんばってほしい。
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by ken-tono | 2007-10-24 10:25

大震災から3年。あの男の子は6歳に・・   

10月23日。3年前の今日、新潟中越大地震が発生し、地域の村や町に甚大な被害が及んだ日だ。振り返ってみると、死者68人、重軽傷者4800人、全壊3175棟、住宅被害12万棟以上、そして、9800人が避難生活を送った。私自身、昨年、市議会の企画総務常任委員会の視察で、あの旧山古志村や長岡市を訪ね、あまりにも悲惨な実態を目の当たりにして、地震の恐ろしさを実感してきた。
あの時、倒壊した道路の下敷きになって救出された男の子は6歳になったそうだ。来年の春は小学生になるのかな。山古志村では、住宅の再建も始まって、伝統行事である闘牛も再開されたようだ。地震は2度と起きてほしくないし、みなさん、早く元気になってほしいと願う。
日本共産党は、先日、震災対策、とくに被害を受けた住宅の復旧のための法改正のために、助成制度の拡充などについて、与野党が協力して取り組もうと、志位委員長が呼びかけた。
自然災害から人命を守り、生活を守るために、私も地方議員の一人としてがんばっていきたいと思う。
さて、今朝は、ゆっくり目に起きて駅頭宣伝に向かった。外気は、微妙だが、寒いなというほどではなかった。
Mデパート前に着くと、営業車が少なかったので、ほどよい場所に止めて宣伝を始めた。
昨日、日本共産党は、国会内で記者会見を行い、次期衆院選挙の比例候補24人を発表した。志位委員長を初めとするベテランから、医師の谷川智行さんなどフレッシュな候補まで、平均年齢52.54歳という、ベストチームだ。ちなみに、私は、53歳なので、平均年齢ということになる。
後期高齢者医療の4月実施の中止・撤回、守屋前防衛次官の証人喚問、新テロ特措法の廃案と海上自衛隊の撤退、消費税増税は許せないなど、「熱い問題」を中心にして衆院比例予定候補へのご支援を訴えた。
仕入れの道中に通った原町田の商店主・Iさんが、車の中から手を振ってくれた。
民間のゴミ収集車の運転手さんも挨拶をしてくれた。
通所施設に向かう若い障がい者の女の子が、「がんばってください」と声をかけてくれた。
・・・と、そこへ、突然の大音響を出した車が近づいてきた。団体名が書かれた黒い車で、市長市議選の時などには何度か現れる人たちだ。2度ほど、宣伝している私の前を通ったが、大音響だけで何も言わずに通過していった。そして、その前後をパトカーが何台も走っていたので、今朝は、なかなか賑やかな宣伝となった。
いずれにしても、日本の政治と社会が大きく変わろうとしている。このときに、本当の変革者として日本共産党が大奮闘しなければいけない。
24人の衆院比例候補の紹介をしながら、そう思った。
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by ken-tono | 2007-10-23 10:02

「元気だね!がんばるね!」   

気温が下がってきたせいか、薄手の背広では少し寒くなってきた。一度玄関の外に出て、迷うところだったが、んん、まぁいいかと、駅に向かうことにした。
駅に着くと、月曜日ということでか、たばこの吸い殻が散らばっていた。すぐにまとめておいた。
本町田のMさんが快調な足取りでやってきた。「おはようございます」「元気だね!」「はい・・」と。一応「病み上がり」というところだけれど、元気そうに見えるのかなぁと思ったりした。
T高校に通う男子高生が、今日もまた、一番上の社会人のお兄さんと歩いてきた。前は、大学生のお兄さんと一緒のことが多かったが、とにかく顔がよく似た兄弟なので、3人とも背広を着たら分からなくなってしまうかもしれない。今日もそうだが、どういう訳だか、高校生の彼が必ずチラシを受けとってくれるのだ。
バイオリニストのご家族も奥さんの車から降りるなり、「おはようございます」と挨拶をしていただいた。
病院を退院して2週目になるが、徐々にならしながら普通の朝の宣伝に戻していきたいと思う。
今朝は、新テロ特措法案の問題や守屋前防衛事務次官の政官財癒着疑惑、そして、軍需産業から多額の政治献金を受けとっていた自民党の問題と、昨日、志位和夫委員長が記者会見した内容を紹介し、テロ報復戦争への軍事支援の中止、政官財癒着問題の徹底解明を訴えた。
さて、今日は、日本共産党東京委員会が厚生労働省に「高齢者の医療制度」について要請行動を行うということで、参議院の議員会館へ足を運んだ。
内容は、後期高齢者医療制度は、来年4月からの実施を中止・撤回すること。また、70~74歳までの窓口負担を2割に引き上げるのは止めることの2点だ。小池晃参院議員、笠井亮衆院議員、田村智子さんなどを先頭にして、町田からは77歳の方を含めて8名が参加した。8,813人分の署名を手渡し、制度の中止を求めた。
説明に来た厚労省の若い職員は、「高齢者は、現役世代の5倍の医療費を使っているので、公平に負担してもらう制度を作った。来年4月の実施へ粛々と進めている」と述べるなど、高齢者の苦しい生活の実態には全く耳を貸さなかった。
町田市議会でも後期高齢者医療制度の見直しを求める意見書が全会一致で可決されているが、全国的な動きについても「知っているが、実施へ取り組む」と言うだけだった。まさにこれが、自民党政治の姿を反映したものだということが非常によく分かった。
さらに宣伝を強めて、署名を沢山集めて制度の中止に追い込むまでがんばっていきたいと思う。
「元気だね!がんばるね!」と、日本共産党にたくさんの声がかかるように。
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by ken-tono | 2007-10-22 13:36

タイ風イエローカレーが、またまた美味しかった。   

今週は「慣らし運転」で行こうと思っていたので、今朝の宣伝はお休みにすることにした。その分、家族サービス?をと、朝食を作ってあげることにした。ちなみに昨夜は妻が残業で遅かったため、それよりは早かった私が、クリームシチューを作ってあげた。今朝は、その残りとサンドイッチにした。
部活で早く起きた長女は、美味しそうに食べていた。「夜型」の長男はまだ起きてこない。学校で風邪がはやっているらしく、昨日は咳がひどかったが、寝ているときは大丈夫そうなのでホッとした。
朝のテレビ番組で、今日もまた「亀田親子」の話しになっていた。番組の紹介によると、亀田家のお父さんは以前本を出したことがあるらしく、その文中で、「この世の中は、勝つか負けるかや」と述べていた。ボクサーのお父さんだから勇ましい言葉を使っているのかもしれないが、スポーツにおける勝負と人生とは違うと思う。現在の日本社会は、「弱肉強食」の社会であるといえるが、逆に、国民全体が大切にされる社会でなくてはいけないと思う。私もそのためにがんばっていきたい。
さて、今日は、午前中、訪ねてみたい人があったので、早速そこへ向かった。まず、Nさんを訪ねてみたが、残念ながらお留守だった。すぐそばのTさんの所へ行ってみると、「お久しぶりです。時間がよかったら上がってください」というので、「少しならば・・」とおじゃますることにした。
Tさんは、最近、胃を手術したことでかなり痩せてしまい、おしりの肉も減ってしまったそうで、椅子に腰掛けることも出来なくなったと、立ちっぱなしで話しをされた。自分の身体のことから始まり、年金のこと、そして、38歳でなくなったご主人のことに。
当時、ご主人はどんなお仕事だったんですか?」と聞いてみると、「バスの運転手でした。夜11事すぎに帰宅して、次の日の朝には心不全で亡くなっていました」と。そして、「今考えれば、過労死じゃないかと思っているんですが。30年も前のことなので・・」と。
そんな話しをして、生活の相談にものりながら時計を見たらあっという間にお昼になっていたので、「お大事に・・」といって失礼をした。小さい子ども達を抱えて、働いて、生活をして、本当に大変だったろうな、と思った。
昼食は、久しぶりにカレーのモコモコに寄ってみた。実は、入院していたとき無性に食べたくなったのがカレーだった。点滴は受けていたものの、「絶食」は初めてだった。そして、退院の2日前から食事となった。
初めは、流動食で、障子を張るときに使う糊のようだった。その次が、五分粥食で、最後が全粥食だった。他の方を病院にお見舞いに行ったときに見た病院食は、「果たして食べられるかなぁ?」なんて思ったこともあったが、自分が実際入院してみると、そんなことは全くなくて、けっこう美味しく食べることができた。
先ほど鞄を開けたら、最後の病院食の献立表が出てきたのでみなさんに紹介しようと思う。
(献 立)全粥(300g)、味噌汁(庄内麩)、高野豆腐含め煮、おかか和え(白菜・鮭)、のり香味ふりかけ、牛乳・・・・452kcal、塩分2.2g
このメニューの食事が実に美味しかったのだ。
そして、久々に今日食べた、タイ風イエローカレーが、またまた美味しかった。
フゥ~ッ・・・・・
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by ken-tono | 2007-10-20 13:42