<   2007年 12月 ( 26 )   > この月の画像一覧   

「やったぁ!!」といえる年に。   

とうとう大晦日になった。
今年も、あと1時間ほどで終わる。
年明けから選挙が続いたが、とくに、夏の参院選挙は、国民のみなさんが政治を大きく動かした選挙だった。自民党政治の崩壊が確実に始まり、新しい政治への転換を国民のみなさんが強く求めていると思う。
この声に応えられるように、新しい年は、みなさんと力を合わせて、力強く歩めるようにがんばりたい。
さて、今日は、仕事を休んで、妻とともに都内に出かけた。
私が20代の頃、よく食べに行ったトンカツ屋さんに。私はロースかつ定食、妻は、カツ丼を食べ、2人とも大満足。一年に一度の妻とのゆっくりとした休日になった。
そして、夜、みなさんと同じように、NHK紅白歌合戦をわが家も楽しんでいる。
なんといっても、今日の私の注目歌手は、昨日、日本レコード大賞を受賞した「コブクロ」の2人だ。
受賞曲となった「蕾(つぼみ)」は、体が小さいほうの小渕健太郎さんの作詞作曲。昨夜、妻から聞いて初めて知ったのだが、この曲は、12年前に亡くなった小渕さんのお母さんのことを歌っているのだそうだ。
昨日は、「蕾(つぼみ)」の受賞が決まった瞬間、「やったぁ!!」とこぶしを握り締めた。30歳とまだまだ若いコブクロの2人だが、実に感動的な曲で、久しぶりに目頭が熱くなった。
新しい年を、「やったぁ!!」といえる年にできるように、国民のみなさんの立場にしっかりと立った政治への転換へ、日本共産党の地方議員の一人として、一生懸命がんばりたいと思う。
みなさん、今年一年、本当にありがとうございました。
あと30分で2007年が終わる。
よい年をお迎え下さい。
[PR]

by ken-tono | 2007-12-31 13:31

八百屋さん、時計屋さん・・・   

ハプニングが起きた。昨夜、マイ宣伝カーの調子が悪くなったのだ。早速修理工場に持っていったら、しばらく乗らないように、ということになってしまった。
「んん、しかたないな」。
年末年始ということも幸いして、マイ宣伝カーは、しばしドッグ入りとなった。
というわけで、今朝の宣伝は、お休みにすることにした。
今日は、年末まで後3日となった。
比例代表予定候補の谷川智行さん、古橋よしやすさんらとともに、市内を回った。八百屋さん、時計屋さん、高齢者、サラリーマンなどなど、たくさんの人たちと対話をし、日本共産党への支援を訴えた。OさんとNさんもいっしょに回っていただいた。
「うちは、いい物を安く売っている。そうやって、お客さんをつなぎとめている。けど、大型店が出展すると、とにかく安い物を売る店、いいものをうちよりもっと安く売る店が出てくる。とてもじゃないけど、かなわない。うちが潰れるのも時間の問題です」と。
地域の小さな商店は、家族経営がほとんどだ。それだけに、こそだてのこと、介護のこと、生活のいろんなことがそのお店で話題にならないことはない。地域のコミュニティーの大事な存在だと思う。
そして、ある高齢者の方が、やはりこう言った。「年よりは早く死ねということなんですね・・」と。後期高齢者医療制度が始まると、谷川智行さんが言うように、診療科目が制限されてしまう。「本当に、ヒドイ!」。
国民の対場にしっかりと立った政治への転換へ全力でがんばりりたいと思う。
仕事が終わり、車がない私は、夜、妻に電話をかけ、バイクで迎えに来て!とお願いした。
しばし、駅前のN喫茶店で待っていた。私の隣の席に、大学生の男女が進路や人生について語っていた。
「あなたは、エライよね。夢を持っているよね・・」と。どうやら、高校の同級生らしい。「僕は、看護師になろうと思っているんだ」。男の子は、なぜ、そうなろうと思っているのか、真剣に語り始めた。
「へぇ~っ、すごいよね!」。
彼女のほうも、とっても真剣だった。
若い人たちは、だれしもが、自分が社会の役に立つ人間になりたい、そう思っているだろう。
とはいえ、今日は、とても充実した一日になった。
妻のバイクの運転を交代して、スタートし、市民ホール脇の交差点を右に回った。
[PR]

by ken-tono | 2007-12-29 23:21

「今日までです。」   

12月28日朝。
市役所などは、今日が仕事納めの日だ。
昨夜は帰宅時間が遅くなったので睡眠時間が短くなったが、目覚ましが鳴る前にほぼ定刻に目が覚めた。そして、今日も、妻の方が早く起きていた。
子どもたちのことで、あれこれ話したあと、シャワーを浴び、すっきりした気分で外に出た。新聞を見ると、今日の最低気温が4度とある。ん~ん、そんなに寒くないか、と思いながら、それでも息をフ~フ~吐きながら車に乗り込んだ。
キーをまわすなり、すぐにKOBUKUROの曲が勢いよく流れ出した。
「真っすぐ自分と立ち向かい 生きてゆきたい♪」「弱い自分に勝てるなら 誰に負けたって良いさ♪」・・・・・♪♪「風見鶏」という曲を初めて聴きながら駅に向かった。
どんよりとした薄暗い灰色の空を背景にして、オレンジ色のフォグランプを灯らせたバスが行き交う中、ノボリの準備で旗の方に目をやっていたら、「おはよう!」と声をかけてくれる人がいた。「はいっ!」と目を上げると、サングラスのお兄さんだった。「朝からがんばるなぁ!」と、笑顔で励ましてくれた。いつも、さりげない一言なのだが、とても心がこもっている。私は、「ありがとうございます」と頭を下げた。
トコトコちゃん達と同じバスに乗ってくるおじさんが見えたので、「今日までですか、お仕事?」と聞くと、「そうです」と返事が。トコトコちゃん達とは、新年の7日あたりから会えるのかな?
久しぶりに、両国勤務のお嬢さんがやってきた。最近では、すっかり、小さなリュックサックが定番になってきたようだ。「おはようございます」「お仕事、今日まで?」「今日までです」「来年もよろしくおねがいします」「よろしくお願いします」・・・。お互いに深々と頭を下げていた。
ヒゲのお兄さんにもご挨拶を。「いつまでですか、お仕事?」「今日までです」「やはり今日までですか?」「31日まであるんですよ」「大晦日まで?へぇ~」と。またまた、深々と頭を下げて「良いお年を・・」と今年最後のご挨拶をした。
6時半のおじさんや新橋勤務のお嬢さんの姿は見かけなかったので、今日からお休みだったかもしれない。
いずれにしても、今日は28日で、しかも金曜日。今日で一年のお仕事が終わりという方が多かったと思う。
「今年一年を振り返ると、“激動の年”だったと思います。自民党政治が崩壊し始めるという、かつてない変化の年でもありました。来年こそ、憲法が生きる本格的な国民本位の年にするために、みなさんと力を合わせてがんばっていきたいと思います。来年も、どうぞよろしくお願いします」と訴えた。
あまりの寒さに、宣伝を終えた私は、立ち食いそば屋さんに入り、温かい「めかぶソバ」を食べた。
[PR]

by ken-tono | 2007-12-28 09:49

「消えそうに 咲きそうな・・・♪」   

部屋の中もけっこう寒い。
今日は、明るくなってから駅頭に行くことにした。外に出ると、いかにも冬らしい水色の空。西の空には、ヨモギ餅のような形をした白い月がうっすらと輝いていた。
車で駅に着くまでのわずか10分ほど、私は、昨日届いたばかりの「コブクロ」のCDを車のレコーダーに差し込んだ。妻が、注文してくれていた。若い人たちの中でとっても人気のあるグループだが、私も妻も大好きで、蕾(つぼみ)という曲のサビの部分を、私は携帯の着メロに愛用している。
というわけで、「01-蒼く 優しく」「02-コイン」「03-蕾」の3曲を聴き、「蕾」をもう一度聴き直したところで、Mデパート前に到着した。
気分が最高に乗ったところで、スタンバイ、その場所、今年最後の宣伝を始めた。
空気がスッキリと澄んでいて、風はほとんどなかったが、キリリと寒い。私は、通行しているみなさんに、「今年一年お疲れさまでした。来年は、良い年になることを願っています。またそのために、私も全力でがんばります!」と冒頭の挨拶をした。
そして、ニュースとして沖縄戦教科書削除問題を話した。昨日、文部科学省は、沖縄戦「集団自決」(強制集団死)の記述に関する教科書検定問題で、教科書会社の訂正申請を承認したが、「軍の強制」を削除した部分については撤回しなかったのだ。11万6千人の沖縄県民の集会が行われ、「おじいやおばあが言っていたことは、ウソだったというのでしょうか!」と高校生が発言したように、沖縄県民のほとんどが、「軍の強制」という真実の記述を復活すべきだという声なのに、全く応じなかった。私も、厳しく抗議したいと思う。市田書記局長も談話の中で述べたように、自分の子どもに自ら手をかけて死なせる親は一人もいない。「軍の強制」なしに「集団自決」はあり得ないことは明らかだ。しかし、この問題でも、自民党政治を追い詰めていることは確かだと思う。「連帯してたたかいながら、来年の総選挙で自民党政治から新しい政治への転換へがんばりたい」、そう話した。
知り合いのお肉屋さんの従業員の方が、朝早くからお得意先のお店に配送のためにがんばっておられた。手をふって、「お疲れさまです」と声をかけた。
まちづくり公社で働いている方達も、この寒さの中で本当に大変そうだった。知っている方に、同じように、「お疲れさまです」と声をかけた。
とっても、とっても寒い、今年一番の寒さではないかと思うような寒さだったが、Mデパート前で今年最後の訴えを終えた。
「みなさん、来年もまたよろしくお願いします」と。
手をこすりながら、車の中に入り、エンジンキーをまわすと、また再び、コブクロの曲が心地よく流れ始めた。
「蕾」という曲をもう一度聴きたくて、3-00に戻した。
「消えそうに 咲きそうな 蕾が今年も僕を待ってる♪」
「掌じゃ掴めない 風に踊る花びら♪」
コブクロの2人の、実に味のある歌声が、フロントガラスの一面に広がる青い空に吸い込まれていった。
[PR]

by ken-tono | 2007-12-27 09:59

「寒いのに・・・」   

朝起きてトイレに行ったが、あまりに寒くてまた布団の中に潜ってしまった。30分ほど目をつむり、「よし、行くかっ!」と気合いを入れて起きた。
やはり外は寒かった。空気が澄んでいるせいかどうか、月がやけに明るく感じた。
案の定、フロントガラスの霜はこの冬一番厚かった。
すぐには暖まらない車を走らせ、ラジオにスイッチを入れると、ゲストのお医者さんが、年末年始はお酒を飲み過ぎないように、目安を話していた。父が生きていた頃には、年越しを家族水入らずで過ごし、父とお酒を一緒に飲むことがあったが、かれこれ10年以上、そんなこともなくなったよなぁなんて思いながら駅に向かった。
手がかじかんで、ノボリの準備がなかなかはかどらないでいると、早い時間帯のバスが次々到着した。
「お~っ、寒いなぁ・・」と空を見上げると、群青色のキャンバスが何ともいえない深みを帯びて綺麗だった。眼下を走る神奈中バスの屋根に張った霜が、格子状に溶け始め、白く均一な形が頻繁に往来し始めた。
いつも声をかけてくれる奥さんにビラを渡すと、「寒いから、風邪を引かないように・・」と早速激励された。
そぐそのあとを6時半のおじさんが歩いてきて、「寒いのにがんばるなぁ!」と、なによりの励ましを受けた。
トコトコちゃん達と同じバスに乗ってくるおじさんも「ごくろうさん」と言ってくれた。
いつもならこの辺で見える両国勤務のお嬢さん、今日は姿が見えなかった。
渋谷勤務のお兄さんも、「寒い中でご苦労さまです!」と、とにかく、今日は、みなさん、「寒いのに・・」と声をかけていただいた。
・・・・と、見慣れない男性が近寄ってきて、「いつもやっているんですか?」と話しかけてきた。お話をしてみると、盛岡から上京したばかりで、年末年始を座間に住んでいるお嬢さんのところで過ごすとのこと。「がんばってください」と激励されたが、さすがに、東北の方だけあって、「寒いですね」という言葉は出てこなかった。「良いお年をお迎え下さい」と言って見送った。
新橋勤務のお嬢さん、今日はお母さんといっしょだった。「おはようございます」「いってらっしゃい」と、笑顔の2人に声をかけた。
それにしても兎に角寒いの何のって、手がビリビリしびれたのも久しぶりだった。
そんなところへ、わが23区予定候補の古橋よしやすさんが現れた。2人で交代でマイクを持ち、元気を出して訴えた。
「薬害肝炎の原告団の方々に、昨日、福田首相が会って、謝罪をしたそうですが、国の責任を具体的に明記した対応が求められると思います」と、まずこの問題から切り出し、自民党政治からの転換を訴えた。
市役所でいえば、仕事納めの28日まで、今日を含めてあと3日間。
昨日は、わが家の2人の中学生も通信簿を持ち帰ってきたが、私は、2人に「がんばったねっ!」とだけ話した。
努力が報われる社会にすること。そして、だれもが健康な当たり前の暮らしが出来るような社会にすること。それが、私の役目でもある。
いつになく足早に駅に向かうみなさんの後ろ姿を見ながら、そんな気持ちがよぎった。
[PR]

by ken-tono | 2007-12-26 09:37

“同郷のよしみ”   

わが家の中学生は今日が終業式。3年生の長女にとっては、年が明けたら最後の3学期を残すのみとなった。
目が覚めたら、妻の方は一仕事を終えていた。
「今日はそんなに寒くないよ」。新聞の天気予報を見る前に、妻がまず教えてくれる。
ということは、昨夜は、空を雲が覆って、放射冷却が防げたのかもしれない、そう思いながら外に出てみると、月がボカシたようになっていた。
そうはいっても町田駅の出入り口は寒い。暖かい缶コーヒーを一気に飲んだあと、ときおり手をこすりながら出勤、通学の市民のみなさんにご挨拶をした。
小柄でいつも笑顔の奥さんが、「久しぶりです。足を骨折してしばらく休んでました」「そうでしたか。もう良くなったんですか?」「まだちょっと・・・」「あっ、お大事にしてください」「ありがとう」・・・と、奥さんはケガをした方の足をかばいながら駅の階段を下りていった。
「寒いのにがんばるね!」。見知らぬおじさんがさりげなく声をかけてくれた。
本町田のMさんが元気そうにやってきた。どうやら外套をバージョンアップしたらしい。小さめの白のダウンのジャンバーからフード付きの黒のダウンコートになり、暖かそうだ。定期入れを持っていた方の手を挙げて出かけていった。
バイオリニストのお父さんとお嬢さんも、今日もまた、奥さんのワゴン車から降りるなり、まずは、奥さんに手を振って、そして、私に「おはようございます」と、いつもの順番で挨拶をしてくれた。
今朝は、昨日、福田内閣が、来年度予算の政府案を閣議決定したその内容について話をした。相変わらず、社会保障費は2,200億円も圧縮し、5兆円の軍事費や大型公共事業関係費は温存している。自民・公明政権は、「社会保障の財源不足」を理由に消費税増税へと道を開こうとしているが、国民生活を犠牲にしたやり方は認められない。「浪費をなくし、行き過ぎた大企業・大資産家減税と軍事費の2つの『聖域』にメスを入れれば、消費税増税なしで財政再建が可能です」と訴えた。
今朝は、どうしたわけか、カラスが頭上の電柱や電線に交代でとまり、あわただしく飛び回っていた。なぜなのだろうか?お正月になると、一時期、お店も閉まり、人出が少なくなり、食べ物が減るから、今のうちに沢山食べておこうという、カラスの知恵なのかな?と思ったりした。
さて、昨日は、夕方、JR町田駅前で、衆院比例区の池田真理子さん、東京23区の古橋よしやすさん、そして、わが5名の党市議団がそろって、街頭宣伝を行った。その前に、私は、演説原稿にもう一度目を通そうと思い、K喫茶店に立ち寄った。マスターは休憩で外出中、女性店員の方がいた。エスプレッソコーヒーのミルクを注文、「ん~ん、旨いなぁ」と味わっていると、女性店員の方が、「髪型変わりました?」と。「ええ、床屋へ行くとこの形で、伸びると全然変わるんです」「そうですか。ピンと立っていて硬そうな髪の毛ですね」「そうなんですよ」と。
そこへ、常連客らしい年輩の連れ合いが入ってきた。「久しぶりに来たくなって寄ったよ」「本当に久しぶりですね。来るような予感がしたんだ」「そんなこと分かるの?」「んん、分かるんですよ、これが・・・」と。
そうこうしているところへ、マスターが戻ってきた。「あらっ、珍しい!」「どうも、お久しぶりです」という感じで、いつもはシ~ンと静かな喫茶店が、にわかに賑やかになった。なんか、年の瀬を迎えると、それなりの会話になったりして、いいもんだなぁと思ったりした。
そしてそして、昨夜、こんなことがあった。全く存じ上げない方から電話が入ったのだ。「もしもし、とのむらさんですか」「はい、そうですが・・」「さっき、あなたのブログを見たら、私と同郷だということが分かり電話をしました。いや~っ、ビックリしましたよ」と。
えっ??と思いながら、お話を聞くと、私の郷里と同じ、秋田県北秋田市(旧阿仁町)のご出身であることが分かった。現在61歳のSさんという男性だ。何でも、母校である町立阿仁合中学校を卒業して、16歳で大工さんになり、20歳をすぎてから上京された、と。色んな仕事を経験し、最後は不動産会社を作り、今は現役を退いて、本の出版、教育活動に精を出されているとのこと。
わざわざ電話をいただきお礼を申し上げたい。私が、日本共産党の地方議員であることを知りながら、連絡していただいた。
やはり、あの、秋田の山間地の四季を経験した“同郷のよしみ”なのだろうか。
新しい年を前にして、少し早い年賀状が届いた感じがした。
[PR]

by ken-tono | 2007-12-25 09:37

一日早いクリスマス   

昨日と今日、朝の宣伝はお休みにした。とうしたわけだか、休みになると、起きる順番が変わってくる。私の一番は変わらないのだが、平日は、一番遅い長男が2番。しばらく経ってから、長女と妻が起きる。私以外は、平日と日曜日が逆なのだ。
というわけで、中学生の長男は、昨日は美容院で髪をカットしに、今日は、友達と遊びにいくということだった。
昨日の昼、いつものようにモコモコにカレーを食べに行った。このところ、週単位で食べたくなってしまう。お店に入ろうとしたら、テレビ局のワゴン車が町田街道から左折し、お店の先で止まった。どうやらその先にある「おやじラーメン」のお店の前で「大食い大会」をやるらしく、長いマイクやカメラを担いだスタッフが車から出てきた。
若い人たちを登場させ、何十杯も食べることを競いあわせる。一方では、ネットカフェ難民といわれるような若者が増えているこの日本で、どうして、「大食い大会」などの番組がはやるのだろうか?マスコミは、もっとまじめな番組作りをしてほしい、なんて思いながらモコモコに入った。
いつものカウンター席に座り、さっそく、今日もまた、「タイ風カレー・チキン目玉焼き」にした。
食べながら、マスターと話をした。「最初からカレー屋さんだったんですか?」「サラリーマンやめてから、ずーっとカレーですよ」「そうですか」「お客さんから、カレーは儲からないから止めた方がいいよって言われたこともあるけど、続けて来ちゃいましたね。最近はラーメン屋さんがはやっているようだけど・・」
と、そんな会話をしているところへ、妻と同じ職場に勤めている知人のYさんとお嬢さんがお店に入ってきた。「あれっ、Yさん!こんにちわ!」「あら、どうも・・・」「ご主人はお休みですか?」「今岡山に出張に行ってるの。向こうで風邪をもらったみたいで・・」
またまた、マスターとの会話に戻った。「お正月は秋田に帰るんですか?」「いえもう毎年お盆に帰るだけですね」「そういえば、ウチに来るミュージシャンの中に、東北の人が多いですよ。チェロの人が山形で、ホルンの人が秋田だって言ってましたよ」
後ろを向いたり、前を向いたりしながらおしゃべりをして、美味しいカレーを汗を流しながらあっという間に食べ終わった。
外に出たら、若い女の子がゼッケンを付けてラーメンの「大食い」に挑戦していた。
「暴飲暴食が一番よくないですね」と言っていた市民病院の外科の先生の話を思いだした。あの女の子たち、盲腸にならなければいいけどなんて、内心余計な心配までしながらOさん宅に向かった。
後期高齢者医療制度の中止・撤回を求める署名を、高齢者のお宅を中心にお訪ねし、サインしていただいた。やはりこれまでは、奥さんがご主人の保険の扶養扱いになっていた方が多く、「毎月、一万円近く医療費がかかるのに、その上、高い保険料が取られるなんてヒドイですね。私たちのためにもがんばってください!」とお願いされた。
さて、夜、帰宅して、テレビを観ていたら、福田首相が、薬害肝炎訴訟にかんして、「被害者を全員一律救済するために議員立法することを決めた」と表明したとのニュースが流れた。これまでの経過を考えると、原告団のみなさんのコメントにもあるように「一歩前進」だと思うが、国と製薬会社の責任を明確にした上での「全員一律救済」が必要だと思う。「命の線引き」を絶対に許してはならないし、原告団、被害者の方々の立場に立って全面解決へ応援したいと思う。
さてさて、中学2年生の長男が、この1年半で身長が20センチも伸びてしまい、裾をのばしてもトウトウ短かくなり、制服を換えるはめになった。妻と長男がお店から帰ってきて、何やらお土産を持ち帰ってきた。
クリスマスケーキだった。
昨日は23日で、今日がクリスマスイヴ、明日がクリスマス。
「そんなの関係ねぇ!」とばかりに、今では、ツリーもイルミネーションも早くから始まる。そして、ケーキも。
わが家の一日早いクリスマスとなった。
[PR]

by ken-tono | 2007-12-24 11:14

「お手盛り」なんてとんでもない!   

昨日で市議会が終わった。市長が提案した議案は全て可決された。しかし、私たち日本共産党市議団は、市民の目線で対応し、おかしいと思う議案については、論戦して反対した。例えば、一般会計補正予算だが、石阪市長は、年度当初で基本的な予算を組んで補正は組まない主義だそうだ。だが、国民の暮らしも政治も生き物だ。石油の値上げと生活必需品の便乗値上げなどは市民生活を直撃している。4億5千万円もの余剰金は、全てを積み立てず(市の年度末の目標60億円)、税金や社会保障の負担軽減など、市民生活を支えるために少しでも活かすべきではないか、と主張した。
また、今回、市職員の給与と期末手当の改定、そして、市長等(市長、2人の副市長、収入役)の期末手当の改定が提案された。市職員については、東京都の人事院勧告を受けて、労使の合意に基づいて出された。給与でマイナス、期末勤勉手当でプラスで、若い人を除いてほぼトントンだ。問題は、市長等の期末手当の方である。市長の政策的判断により、100分の205ヶ月を100分の215ヶ月に引き上げる内容で、市長の場合、年間、12万7700円の増額になるということが私の質問で明らかになった。市民生活が大変なこのときに、市の余剰金は市民のために使わないで、自分の期末手当は「お手盛り」で引き上げるなんてとんでもない。議会では、日本共産党だけが反対した。
一方、わが党は、「町田市市税条例の一部を改正する条例」を、9月議会に議員提出議案として提案し、この12月議会で継続審査された。住民税については、生活困窮世帯に対して、現行制度の中で「減免規定」が設けられているが、ご本人の申請の結果適用されたのは、1~2人に過ぎない。市民の深刻な生活実態とあまりにもかけ離れている。日本共産党の提案した内容は、就学援助制度と同じように、せめて生活保護基準の1.1倍程度の前年度の収入の方まで「減免要件」を拡大すべきだということだ。セーフティーネットすれすれの低収入で生活を余儀なくされている人が、さらに、生活が厳しくなり納税が困難になったときに住民税を「減免」できるようにした。残年ながら、他の政党、会派の理解を得られずに否決されたが、大事な取組として、今後も引き続き追及していきたいと思う。
このほかにも、「スポーツ及び文化に係る事務の管理及び執行に関する条例」や「町田市組織条例の一部を改正する条例」、「町田市文化交流センター条例」など、重大な問題を抱えた議案に、わが党は反対したが、詳しい内容は、また追って報告したいと思う。
12月議会の内容について、まずは第一弾だ。
さて、今朝は、もともとゆっくり起きてと思っていたので、その通りになった。わが家は、みんなぐっすりと寝ていた。ハッと気がついて飛び起きた。
私のあと、妻が起きてきて、突然、「なんか、夕方から雪になるってよ・・」と言い出した。東北出身の私でも、この東京で雪が降るのはあまり歓迎しない。チラリと降ったらすぐ消えてほしいな、と思いながら支度をして外に出た。
んん、確かに空は灰色の雪雲のようになってきた。
M銀行前にマイ宣伝カーを着けて、グングン寒くなるのを実感しながら宣伝を続けた。全国的なバレーボールの試合でもあるのだろうか。昨日も今日も、大阪など、他県のユニホームを着た女子高生たちが、ゾロゾロと会場行きのバス停の方に移動をしていた。「おはよう!」と声をかけたら、さすがスポーツマン、「おはようございます!」とすぐに元気な返事が返ってきた。
駅前の知り合いの法律事務所の職員の方達も、土曜日は休みのはずなのに次々と出勤、挨拶を交わした。
いつ雪が降ってもおかしくないような空にますますなってきた。
[PR]

by ken-tono | 2007-12-22 11:01

「 トゥギャザー しようぜ!」   

起きたら真っ暗。それでも私より早い妻のあとに起きた私は、子ども達の寝顔を確認して外に出た。
真っ暗な空に星が綺麗に輝いている。昨日は、放射冷却だったからこんなに寒いんだ、と思いながら駐車場に到着、車のドアを開けると中はスッカリ冷えきっていた。
ラジオのアナウンサーの声にほっと一息つき右左と曲がっている内に、あっという間に駅に着いてしまった。
デッキの上は、今日も風がビュービュー、最低気温が3度とあるが、実際は0度ぐらいに感じた。
ノボリを準備して、駅前道路を見やると、まだ、黒い帳が降りたままの道を往来するバスや乗用車のライトがとっても輝いて見えた。路線バスの「バスセンター」という行き先表示板とフォグランプのオレンジと、乗用車の白いヘッドライトが交互に交差し、逆方向に向かう車のテールランプが真っ赤に灯っている。
そんな外の景色が少し明るんできた頃、6時半のおじさんが突然現れた。「寒いのに早くからやってんのか?」「はい・・」「ご苦労さん」と。
手がビリビリしびれてきた。
トコトコちゃん達と一緒のバスに乗ってくるおじさんが来た。「寒いのに、ご苦労さまです」。ところが、2人の姿は見えない。どうやら、通っている小学校が今日はお休みなのかもしれない。
寒かったせいか、「寒いのに・・」といつになくチラシを受けとってくれる人が多かったと思う。
渋谷勤務のお兄さんのあと、新橋勤務のお嬢さんがやってきた。暖かそうなダウンコートのお嬢さんに、「寒いね!」と声をかけると、「んん、寒い!」と返事がすぐに返ってきた。
東北出身の私が寒いのだから、みなさん、寒いに決まってるよな、なんて思いながら見送った。
今朝は、なんといっても、「薬害肝炎訴訟」で、原告のみなさんが要求してきた「一律救済」について、国が拒否した問題を中心に話しをした。結局、国は、患者に線引きした他に、お金を積んで二重にひどいことをした。今朝のしんぶん赤旗では、「命の線引き」は許されない!と銘打ったが、福田首相も桝添大臣も「人の心」がないのか?といいたくなる。
原告団の方々と懇談をした志位和夫委員長は、「人間の尊厳をかけた命がけのたたかいに連帯して、『全員一律救済』へ全力でがんばります」と述べた。
「薬害肝炎に加え、原爆症認定の基準見直しを認めず、消えた年金もきちんとしない、あまりにもひどすぎる自民党政治を変えるために日本共産党はがんばります」と訴えた。
さてさて、先日の一般紙の広告に出ていた、ルー大柴さんの「ルー語でかるた」を昨日本屋さんで購入した。
「みんなで かるた トゥギャザー しようぜ!」というルー大柴さんの軽いノリと人柄が私は大好きだ。
[PR]

by ken-tono | 2007-12-21 08:59

師走の「幽霊の話」   

今朝もまた、長女のかけるドライヤーの音で目が覚めた。「昨日よりもっと寒いよ!」「んん・・・・」。迷いながらも「行くか!」と意を決した。
妻が、「今日はちょっとおかずが足りなくて・・」と、子ども達の弁当を作りながらつぶやいていたので、じゃぁ!とばかりに、冷蔵庫に入っていた豚の細切れを使って、特製の生姜焼きを瞬時に作ってあげた。朝ご飯を食べていた長女のご飯の上にも少しのせてあげたら、スッカリご満悦だった。
「おっと、急がなければ・・」と、外に出た。
と、とにかく寒い。妻が言った通りだった。今日もまたフロントガラスの氷を削って、駅に向かった。
今朝の新聞を見ると、韓国の大統領に李明博氏がなったと書いてある。マスコミの持ち上げは、日本でも凄かったと思うが、果たして韓国の国民の期待通りに「経済再生」ができるのだろうか。韓国でも国民生活は深刻になっているが、日本と同じように、財界の立場ではなく、国民生活を守る立場に立たなければ、早晩、矛盾が現れるのではないかと思う。
ラジオを聴きながら、新聞を見て、そんなことを考えているうちにM銀行前に着いた。
今朝のしんぶん赤旗では、「続 ハケン集う駅 追跡グッドウィルの日雇い」というシリーズが連載されている。早速、私は、この問題を、今朝の駅頭宣伝で取り上げた。グッドウィルの日雇い派遣労働者が、トラックの荷台に乗って外資系大手運送会社「DHL」に派遣され、朝から深夜まで働かされ、社会保険もない、事実上の無権利状態だったことを告発している。グッドウィルの登録型派遣労働者の数は、06年1月の206万人から07年11月には290万人に激増している。
私は、「日本共産党は、先日、市田書記局長が記者会見をして、派遣労働者に均等待遇を実現し、有給休暇や社会保障の権利を保障することなど、労働者を保護する法律の改正を要求しました・・・」と訴えた。
と、M銀行前に、日雇い派遣労働者と思わしき若い人たちがゾクゾクと集まってきた。みなさん携帯電話を片手に持って、派遣先のことをお互いに確認しあっている。最初は、若い男女3人ぐらいだったのが、あっという間に、15,6人になったのだ。
誰一人として知り合いがいない彼らの横で、私は、「安心して生活できる日本の社会にするために、一人勝ちする大企業・財界にばかり応援する自民公明政治を来年は変えましょう!」と訴えた。
日雇い派遣労働者の人たちが、自分たちを乗せる車の方に向かって移動し始めた。私の話にだれ一人として反応がないように見えたが、きっと、みなさん、シッカリと聞いていてくれたはず。
「いつでも、私たち日本共産党に声をかけてください!」。私はそう言って彼らを見送った。
もう一つ、一面トップ記事を紹介した。米陸軍座間キャンプにアメリカの新司令部が周辺自治体や住民の反対の声を押し切って昨日発足した。
「アフガニスタンやイラクにおけるアメリカの戦闘作戦強化のために米陸軍第一軍団司令部が移設されました。基地の恒久化につながる再編計画の実施は許されません。米本国に直ちに戻るべきです!」と私は訴えた。
この声を無視するかのように、今朝もまた、厚木基地から飛び立った米軍戦闘機が「グオ~ン」という爆音をとどろかせながら町田駅上空に現れた。
米第一軍団のジャコビー司令官は、「我々が歓迎されていないことは理解している」と述べたそうだが、日本国民の静かな年末に爆音と司令部は必要ない。
そういえば、昨日、タクシーの運転手さんが、「市民病院のトンネルのところで幽霊がでたんだって・・」と、同僚運転手の体験話?をしきりにして、私たちお客をちょっぴり怖がらせようとしていた。
ユニークな運転手さんの話だったが、一日も早く、米軍基地や戦闘機が日本になくなって、「幽霊」になるようにがんばっていかなけれならない。
師走の「幽霊の話」だった。
[PR]

by ken-tono | 2007-12-20 10:10