<   2008年 05月 ( 24 )   > この月の画像一覧   

雨が小降りになってきた。   

予報通り雨になり、長男の中学の運動会は来週に延期になってしまった。その代わり、今日は通常の授業になったようだ。
長女の方は、一日部活で、運動会に向けて特訓とやら。さっそく、妻から「ねぇ、送ってってくれる?」と長女の送迎を頼まれた私は、二言返事でオーケーした。
弁当を鞄に入れてまず長男が家を出た。しばらくして、私と長女が。わが家の中で、長男が一番早く家を出るのは、一年に一二度かもしれない。
長女を高校のソバで下ろし、私は、町田駅に向かった。
M銀行前でと思ったらタクシーが沢山並んでいたので、Mデパート前に宣伝場所を変えた。
今朝の宣伝では、しんぶん赤旗の一面トップで報じた、原爆症の認定について訴えた。大阪高裁は、仙台高裁に続いて、この4月からの新基準でも認められなかった被爆者(原告)の方々も原爆症に認定すべきだと、“全員勝訴”の画期的判決が下されたのだ。日本共産党は、小池晃参院議員や笠井亮衆院議員らが、昨日、厚生労働省に、高裁の判決を真摯に受け止め、控訴はしないように、被爆者の原爆症認定を積極的に認めるよう申し入れた。
被爆者の方々はご高齢の方が多い。先日の映画『夕凪の街・桜の国』でも、主人公(田中麗奈さん)の叔母さんもおばあさんも、被爆原因で亡くなっていた。
これ以上、被爆者の方々を苦しませることのないよう、私たちも連帯して、国が原爆症認定の基準の抜本的改善を強く求めて行きたいと思う。
そして、後期高齢者医療制度の廃止を求めて、6月市議会でもがんばります、と訴えた。
数は少ないが、通行人の方の足が止まった。しばし聞き入る若者、バスを待ちながら、ジ~っと耳を傾けているお年寄り。目の前を通る車の中からも手を振ってくれるドライバーもいた。
雨が降りしきる中、負けないように訴えようとして、ちょっと肩に力が入ってしまったかもしれない。
時間になり、ノボリを片付けていたら、違法駐車を見回っている民間の警備員の方が、「ご苦労さまでした」と近づいてきた。私も、「雨の中、大変ですね」と返事をした。
そして、「後期高齢者医療制度は廃止にするしかないですよ。がんばってください!」と激励された。
雨が小降りになってきた。
夜半の内に雨が上がっていれば、運動会ができたのになぁ、と思ったりした。
来週は、長女の高校の運動会と長男の中学の運動会が同じ日になってしまった。
残年ながら、私は、議会で行くことができない。
さて、妻は、仕事の休みは取るらしいが、どっちに行くのかな?
んん。
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by ken-tono | 2008-05-31 11:31

「雨大丈夫だった?」   

いつもの薄手の背広で外に出ようとしたら、寒いではないか。私は、閉めたドアを開け直し、ジャンバーを着て出かけることにした。
小雨がパラついていたが、傘は差さずに、小走りに駐車場に向かった。
団地の庭の草花も大部色濃くなってきた。
駅に着き、改札に向かう人たちの顔を見ながら宣伝場所に歩いたが、みなさん、一週間の疲れが出ている感じがした。
・・・と、仕事から帰ってきた渋谷で寿司職人をしているお兄さんにバッタリ会った。「おはようございます」「・・・お~っ、おはよう!」。お兄さんは、これから自宅で休むことになる。
ノボリを立ててたら、トコトコちゃん達と同じバスに乗ってくるおじいさんが「ご苦労さまです」とチラシを受けとってくれた。
少し遅れて、トコトコちゃんのお姉ちゃんの姿が見えた。「おや、トコトコちゃんはどうしたんだろう?」と思ったら、さらに遅れて御本人がやってきた。「おはよう。雨大丈夫だった?」「うん!」。2人とも、傘を持たずに来たので、そう聞いてみた。駆け足で駅に入っていった。
両国勤務のお嬢さん、今日は、黒に白のラインが入った上着を着て、スポーティーな感じでやってきた。「おはようございます。今日は寒いですね」「そうですね」と笑顔で出かけていった。
A病院に通うおじいさんがとぼとぼと歩いてきた。「今日は寒いですね?」同じように聞いてみた。ところが、「んん、こんなんじゃ寒くないよ」と、私と同じ東北人なのに、おじいさんは、寒さに強い東北人だということが分かった。
通る人の数が俄然多くなってきた。その中に、マイ ドーターの姿も。「バイバイ!」と言って元気に出かけていった。10分ぐらい後に「朝練」のないYちゃんが通った。
霞ヶ関勤務のお嬢さんのお母さんは、今日はお休みだったらしく、通らず、しばらくして御本人がやってきた。「おはようございます」。イヤホンで音楽を聴きながら歩いてくるのは、彼女も私の長女も同じだ。スカートの色が淡いコバルトブルーで、私も学生の頃、好んで使っていた油絵の具の色に似て、スッキリとしている。笑顔で挨拶を交わした。
今朝は、兎に角寒くて、手も少しかじかむほどだった。
宣伝が終わり、私は、一端家に戻り、少し厚手の背広に着替えてから仕事に向かった。
相変わらず、小雨が降っていた。
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by ken-tono | 2008-05-30 15:19

傘越しに空を見上げながら・・・   

梅雨に入ったような雨の朝になった。
「ザ~ザ~降りだよ」と妻が言うので、窓を開けてみると、確かに強い雨が地面をたたきつけていた。
今日も遅い時間に出ようと思っていたので、テレビの朝のニュースを見ながら妻と話をしているうちに、長女が「行ってきま~す!」と元気に出て行った。
長女の高校でも6月初旬に運動会があるが、毎日の吹奏楽部の「朝練」で、行進曲など運動会用の演奏の特訓らしい。
遅れて私も外に出た。今日の雨では、靴や洋服が濡れるよな、と思いながらも、ま~しょがないか、とM銀行前で宣伝をすることにした。
中学生や高校生がどんどんバス停に向かっていく。日大三中、三高の生徒さんたちが、今日も明るい笑顔を見せてくれた。
昨日、6月議会の一般質問のテーマを通告したので、今朝の宣伝では、私がどんな質問をするのか話をした。①学校の耐震補強、クーラー設置を最優先で実施を、②中小企業振興の「基本条例」制定と地域商店街活性化について、③二輪駐車場の増設を、④市長の政治資金パーティーについて、の4件である。今回は、①がメインテーマになるので、駅頭でも少し内容について話をした。新庁舎建設に200数十億円も公費を費やす計画をここで止めて、子どもたちが通う学校の耐震補強工事やクーラー、冷水器の設置など教育予算に優先して回すべきだ、と。
今日もまた、米軍戦闘機が朝から爆音をとどろかせて上空を横切っていった。昨日、米空母キティーホークが10年ぶりに横須賀港から離れたそうだが、そのためか、この一週間ほど、飛行訓練による爆音が絶えなかった。キティーホークは、アフガニスタンにもイラクにも出動し、戦争に参加している。8月には、横須賀市民の多くが反対しているにもかかわらず、原子力空母ジョージ・ワシントンが横須賀港に配備されようとしている。
アメリカ言いなりで、アメリカの戦争に協力し、日本国民を危険にさらす米原子力空母の母港化を許さないために、爆音被害を受けている私たちも連帯してがんばっていきたいと思う。
傘越しに空を見上げながら、そう思った。
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by ken-tono | 2008-05-29 09:54

「Mさんと隣の席になったんだって?」   

ウサギと亀ではないが、私の方が早く起きたのに、アレコレ用事を済ませ、妻と話をしている間に、長女の方は出かけてしまった。
今日はゆっくり目の駅頭宣伝の日だった。
妻が、高校に入学した長女の写真を秋田の母に送ってあげたこともあって、母から電話があり、長女の話、この間の東京圏阿仁会の話になった。
「Mさんと隣の席になったんだって?」「そうだったんだ。色んな人とうち解けた話ができて、とっても楽しかったよ」「Eちゃんからも聞いたよ。良かったねぇ」と、母も喜んでくれた。
玄関を出ようとしたら、電話がかかってきた。長男と同級生のお隣のOくんが、今朝は朝練があったっけ?と聞いてきた。今日はグ~グ~に寝ていた長男の姿を見れば、答えは分かっていたのだが、「朝練」はなかったのだ。
・・・と、私は、駅に向かい、Mデパート前に車をとめた。
6月2日から市議会が始まる。そして、今日が一般質問の通告締め切り日だ。
私は、今回の議会で、高齢者のみなさんの大きな怒りになっている後期高齢者医療制度問題をはじめ、市民の切実な要求を取り上げてがんばります、と訴えた。
青い服を着たおじいさんが、道路の向こう側でジ~っと聞いていて、話が一段落したら、大きな
拍手をしてくれた。
デッキの上で、30代の男性が立ち止まり、ピースサインを送ってくれた。
そして、宣伝が終わった頃、歩道を歩いていたおばあさんが、「自由党(自民党?)はダメだよ。共産党がんばって!」と大きな声で応援してくれた。
宣伝を終え、午前中、市議団の会議を済ませ、一般質問の通告書を提出した。
ちょうどお昼になり、東京圏阿仁会の会場で、隣の席に座ってお話をさせていただいたMさんに手紙を書き、ポストに入れた。
そうだ、久しぶりにモコモコのカレーでも食べるかと思い、その足でお店に入り、「タイカレー目玉焼きのせ」を食べた。
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by ken-tono | 2008-05-28 08:53

「朝練」   

とっても気持ちがいい朝になった。
長男に続いて、長女の方も中間テストが終わり、部活が復活したようだ。そして、こちらの方は、長女に続いて長男の方も、「朝練」が始まったらしい。いつもギリギリまで寝ている長男だが、早朝から一汗かいてがんばっているらしい。
駅に着き、準備をしていると、すぐに6時半のおじさんがやってくるのが見えた。私は、袋からビラを取り出し、近づいてきたおじさんに渡した。「おはようございます」「お~っ、おはよう。よく分かるなぁ、オレのこと・・・」「そうですね。100㍍先でも分かりますよ」と、ちょっとオーバーに話すと、「そうか~」と嬉しそうだった。
トコトコちゃん姉妹が大勢の人の中に見え隠れしながら歩いてきた。「おはよう」「おはようございます」。お姉ちゃんの方が、またまた手に本を持っている。「んん、今日は何の本?」。お姉ちゃんが見せてくれたのは、『しろのあお2』という本だった。トコトコちゃんは、「フフフ・・・」とお姉ちゃんを見上げている。
T大附属高校の女の子が「おはようございます」と元気そうな顔でやってきた。「もう試験終わった?」「いえ、今日からです」「がんばってね!」「はい!」と。都立高校と私立では少し時期が違うようだった。
霞ヶ関勤務のお嬢さんのお母さんが、元気な足取りでやってきたので、挨拶をした。そして、お嬢さんの方は、30分遅れで。白と黒のツートンカラーという大胆なデザインが、今朝のようなスカッとした空気に似合っていた。
「さっき、お母さんと会ったよ」と話すと、笑顔で応えてくれた。
昨日、プロスキーヤーの三浦雄一郎さんが、ヒマラヤの世界最高峰・エベレスト(8848㍍)の登頂に成功した。三浦さんは、なんと、75歳7ヶ月だったそうだ。大変な快挙だと思う。本当におめでとうございます。
三浦さんも、後期高齢者だったのだ。三浦雄一郎さんのように厳しい鍛錬を積んで登山に臨んだ「プロ」だから出来たのかもしれないが、75歳以上に代わりはない。なのに、75歳で線引きをして、差別的医療制度をつくった政府・厚生労働省と自公政権はなんと愚かなことかと思い、そのことを宣伝で話した。
「廃止以外にありません!」と。
実は、ニュース報道によると、三浦さんが登頂に成功した26日の前日に、76歳のネパール人が登頂に成功したのだそうだ。三浦さんにしてみれば、「最高齢の登頂成功」といきたかったと思う。
しかし、第5キャンプの場所で2人で撮影した写真を見ると、「お互いの健闘を祈る」という清々しい姿にホッとした。
「涙が出るほど辛く、涙が出るほど嬉しかった」という三浦雄一郎さん、お疲れさまでした。
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by ken-tono | 2008-05-27 09:16

「なかなか、いい男だったよ」   

今日は日中暑くなるという予報だったが、昨夜寝たときから蒸し暑かった。二度寝してしまい、起きたら時間がないことに気がつき、すぐ支度をして駅に向かった。
外に出ると気持ちがいい。
駅に着き、「よし、今日からまたがんばろう!」。そう思いながら、スタンバイし、挨拶を始めた。
背の高い外国人の女性が濃いサングラスをかけてやってきた。彫りが深いせいか、バッチリ決まっている。「おはようございます」と声をかけると、笑顔で応えて、駅に降りていった。
本町田のMさんは、沢山の人の中に混じって歩いてきたため、会話が出来なかった。「よっ!」っと、右手を挙げて応えてくれた。
メタボな外国人のお兄さんに、いつものように「グッド モーニング」と声をかけようとしたら、今朝に限って「おはようございます」と日本語で挨拶をされた。んん、これからは日本語にしよう、と思い、もう一度「おはようございます」と言い直したら、とっても喜んでくれた。
今朝は、後期高齢者医療制度の廃止のことについてマイクを通して話をした。
さて、昨日は、昼から、私の郷里である旧阿仁町出身で、東京圏に住んでいる人たちの懇親会があり、参加をした。
私よりかなり年上の方々が多かったが、逆に、私の父や母のことを知っているよということで、とっても懐かしい話を聞くことができた。
私の隣に座ったKという部落のSさんという年輩の男性と話をした。私が、「同級生にTくんという人がいたけど、知ってますか?」「あ~、知ってるよ。駅前の商店の・・・」「私は、Tくんのお父さんが鉱山の落盤事故で亡くなった日のことを、今でも忘れられないんですよ」「そうだったのか。息子さんと同級生だったのか」「はい」「Tくんのオヤジさんは、なかなかいい男だったよ」と、Sさんは、いろいろと話をしてくれた。
年は違っても、同じ故郷に生まれ育った者として、時代は過ぎても、みなさんの心の中にいまでも故郷は息づいているのだな、と思った。
馬肉の煮付け、ウドと鰊の煮付け、ゼンマイの煮付けなど、懐かしい食べ物を作ってくれた人がいて、みなさん、「うめなぁ!」といいながら食べた。
会の最後に、アコーディオンの名手の伴奏で、『故郷』を合唱した。
「うさぎ追いし かの川・・・♪♪」
そんな時代があったのだ。
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by ken-tono | 2008-05-26 16:11

「考古学学会の集まりがあって・・・」   

静かな土曜の朝。
シャワーを浴びて支度をしていると、長女が起きてきたがまた布団の中へ。長男はびくともしない。
テレビをつけると、横綱2人と琴欧州がまけたシーンと女子バレーが北京五輪行きを決めた昨日の試合が流れていた。その合間を縫って、卓球の愛ちゃんが、例の「サァ~!」を止めたことまでにユースに。
ん~ん、と思いながら外に出た。
今朝の宣伝は、M銀行前にした。
さっそく、今朝のしんぶん赤旗を見せながら、昨日、日本共産党など野党四党が共同提出した後期高齢者医療制度の廃止法案」のことについて話を始めた。市田書記局長が記者会見で述べたように、国民の怒りの世論を背景に野党四党が廃止法案を共同提出したことは画期的なことだ、と。
日大三中の生徒さんたちが、土曜日なのに学校に向かっていった。「おはようございます」と元気に挨拶を交わした。
昨日の夕方、やはり、駅前で、後期高齢者医療制度の廃止を求める宣伝、署名行動を行ったが、けっこう沢山の署名が寄せられた。
「力を合わせて、世界に例を見ない差別医療制度・後期高齢者医療制度を止めさせましょう!」と訴えた。
・・・と、そこへ、ヒゲのお兄さんが現れた。一度M銀行に入った後、急いでいる様子だったが、「お仕事ですか?」と声をかけると、近寄ってきて、「考古学学会の集まりがあって・・・」と話してくれた。「それにしても、毎日、色んなことをよく話されますね・・・」と励ましていただいた。
「もっともっと勉強して、みなさんの気持ちに噛み合った話が出来るようにがんばります」と応えたが、どのような話をするか苦労の連続だ。ヒゲのお兄さんは、「がんばってください」と言いながら、駅に向かっていった。
駅を通られるみなさんの心に共鳴するような話ができるように、また来週からがんばっていきたいと思う。
今日は、高ヶ坂地域、森野地域で、「日本共産党と語る会」を計画している。
ざっくばらんな話ができるように努力したいと思う。
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by ken-tono | 2008-05-24 09:32

「お~っ、がんばってるじゃん!」   

今日も、朝からやや汗ばむ日となった。
ということもあってか、早く目が覚めたので、早目に駅に向かうことにした。
駅に着きスタンバイを終え、チラシを配っていると、本当に久しぶりに6時半のおじさんと会うことが出来た。「あっ、おはようございます。久しぶりですね」「お~っ、がんばってるじゃん!」と、えらく喜んでくれた。
A病院に通うおじいさんがゆっくりとした足取りで歩いてきた。「んん、いるだろ?」。デッキの下に奥さんがいたので、声は届かないが会釈をした。「暑いですね?」「いやだよ、暑いのは。オレは寒いほうがいいよ」と。「気をを付けて・・・」と見送った。
トコトコちゃんがお父さんと一緒にやってきた。お姉ちゃんはどうやらお休みのようだ。お父さんに会釈した後、「おはよう!」とトコトコちゃんに声をかけた。「うん!」と言って笑顔で出かけていった。
両国勤務のお嬢さんとも1週間ぶりの再開だった。
渋谷勤務のお兄さん、霞ヶ関勤務のお嬢さんのお母さん、ヒゲのお兄さんなどと次々と会った。
今朝は、防衛省・庁の汚職事件問題で、昨日の参院委員会での証人喚問の話をした。「久間元防衛庁長官の圧力を感じた」と、「山田洋行」元専務の宮崎元伸被告が、わが党の井上哲参院議員の質問に証言した。重大な発言である。
私は、「軍事分野での『政官財』の癒着構造を徹底解明し、清潔な政治と国民のための政治実現のためにがんばります」と訴えた。若者が急に立ち止まって私の話を聞いてくれた後、ツカツカっと私の方に寄ってきて、「いい話でした。がんばってください!」と応援してくれた。
もう一人、「がんばってください!」という若者が現れた。
途中、ハンドマイクの電池が切れたため、15分ほどその場を離れてしまった。
また、その場所に戻ってきたが、通行人の目線でノボリを眺めてみると、「日本共産党」の文字がクッキリと見えた。
案外目立つもんだなぁ、と思いながらハンドマイクを再開した。
霞ヶ関勤務のお嬢さんは出かけた後だった。
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by ken-tono | 2008-05-23 13:51

子どもたちから水の差し入れが・・・   

今朝もまた気持ちよく晴れた。
長女が先に家を出て、20分ほどして私も駅に向かった。
薄手の背広なのに朝から暑苦しい感じがする。
Mデパート前には、搬入車両が何台か止まっていたが、その先頭にまずはとめて、宣伝を開始した。
四川省大地震の被害はますます広がっている。私は、マイクを通して、中国の救援隊の人たち、日本から派遣された救援隊の人たちの奮闘を心から労った。また、わが党の笠井亮衆院議員が昨日の国会で、日本からの支援をさらに進めて欲しいと要望したことについても紹介した。
そして、私は、町田市においては、新しい市役所の建設よりも小中学校の耐震補強工事を優先させるべきではないか、と訴えた。
長男が通う中学校の元校長先生の姿が遠くの方に見えたので、挨拶をしたら、先生の会釈をしてくれた。
デッキの上を歩いていた女性が突然立ち止まり私の話を聞いてくれ、手を振ってくれた。
車の名からクラクションを鳴らして相図をしてくれたご主人。同じように、トラックに乗った若者が手を振って応援してくれた。
みなさん、晴れた爽やかな空の下で、気持ちよさそうに歩く姿が印象的だった。
そういえば、今朝のニュースを見ていて感動したことがあった。中国四川省から帰国した救援隊の方々のインタビューの中で、なんと、日本の救援隊の私たちに「どうぞ」と水を差し入れてくれた中国の子ども達がいた、と。中国の人たちは、日本の救援隊の人たちにとても感謝している様子が随所で報道されていたが、その光景に、私は、とても感動した。
いま、外交、内政問題でいろんなことはあっても、地震の被害者の命を救うために他の国の救援隊が自らの命を省みず作業にあたっている姿が、中国の人たちの共感を呼んだに違いない。
平和で友好的な外交とは、本当にそれぞれの国民同士が信頼しあえるお付き合いなのかもしれない。
そんなことを思い浮かべながら訴えた。
今日は、夜、前進座の演劇『怒る富士』を観ることになっている。
1707年の富士山の大噴火の際、被害を受けた農民を救うために立ち上がった時の代官、伊那忠順(ただのぶ)の勇姿を描いた作品とのこと。
タイムリーな劇を楽しみにしている。
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by ken-tono | 2008-05-22 09:26

「んん、休んじゃった」。   

嵐のような天気が一転して雲一つない空に変わった。
起きて、急いで支度をすませ外に出た私は、思いっきり澄んだ空気を吸い込んだ。
昨日の朝の町田駅は、小田急、JRとも騒然とした状態になっていたようだ。いくら天気の影響とはいえ、改札のところで入場制限をしなければならないほどになったのは、このところなかったのではないだろうか。
・・・そう思いながら、駅構内を通って宣伝場所に着いた。ノボリを用意し終えた頃、トコトコちゃん姉妹がやってきたのが見えた。「おはよう!」と声をかけた私は、続いて、「昨日は大丈夫だった?」と聞いてみた。「うん!」ということだった。いつも早い時間帯の電車に乗っているので、昨日も大丈夫だったのだと思う。
ちょうど後ろを私立高校バレー部の女の子が歩いてきて、私とトコトコちゃんの会話を聞いてたようで、クスクスと笑っていた。
A病院に通うおじいさんが、すぐその後にやってきた。「昨日は大丈夫だったですか?」「昨日は、行かない日だったから」と雨に当たらなくて済んだ、と。「でも、雨とか雪って好きだよ」と言いながらポケットからあめ玉を出してくれた。
渋谷勤務のお兄さんは今日も元気がよくて、「行ってきま~す!」と張り切って出かけていった。
しばらくして、霞ヶ関勤務のお嬢さんが音楽を聴きながら歩いてきた。「おはようございます」「昨日は大丈夫だった?」「んん、休んじゃった」ということだった。
私も昨日は朝の宣伝を休んだが、あれだけの雨と風だったから、やっぱり仕事を休んだ人がいたんだ、と思った。
この雨が、中国では、洪水や土砂崩れとなって、二次災害を引き起こしている。昨日は、日本から中国に医療チームが派遣された。今朝の宣伝でも、「救援募金に取り組み、少しでも人命が助かるよう支援したい」と訴えた。
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by ken-tono | 2008-05-21 14:48