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「今日の雨は、どちらかというと恵みの雨かもしれませんね・・・」   

昨夜の天気予報で、今日は朝から雨だということはわかっていた。
起きると、雨が降っているいるような湿気を感じた。
準備を済ませて外に出た。
階段の踊り場から手を差し出してみたら、わずかにポツリとくる程度だった。
ほっとした。
ただ、見上げると、まるで完熟したマンゴーからいまにも果汁が滴り落ちそうな、今朝の空はそんな感じがした。
駅に着いたら、我慢していた雨が少しずつ降り始めてきた。手際よくのぼりを立てて、来る人たちに備えた。
ややして、小柄な奥さんが来るのが見えた。「・・・今日は暖かいですね」「そうですね」「行ってきます」「あっ、行ってらっしゃい」。寒いと、自分から行ってきますという言葉はなかなか出てこないと思うが、やはり、この2,3日と比べると暖かい。
6時半のおじさんもやってきた。「おはようございます」「おっ・・・」。今日は口数少なく、チラシを受け取っていった。
A病院に通うおじいさんが、大勢の人たちにまぎれてやってきた。行きかけた足を止めて、今日もまたピーナッツとミルクの飴を2個差し入れてくれた。「ありがとうございます」。一人先の人に私がチラシを渡したのを見ていたおじいさんは、「何、それ?」と聞いてきた。「共産党のチラシです」「ん~ん、俺の目じゃ見えないな・・・」「そうですよね」。おじいさんの目は、持病の糖尿病でかなり悪くなっているようだった。「気をつけて・・・」「おっ・・・」。
トコトコチャン姉妹がまもなくしてやってきた。「おはようございます」。学級閉鎖で休んでいたお姉ちゃんも今日は一緒だ。トコトコチャンが水色の傘を。お姉ちゃんはクリームイエローのかわいい傘。「今日から?」「うん」。お姉ちゃんは、2,3日ぶりの学校が楽しみ、という顔をしていた。
ひげのお兄さんが来た後、少しして、両国勤務のお嬢さんがやってきた。黒の洋装に薄い小豆色のシャレた傘を持っていた。トコトコちゃんたちも、あと10年もすると、お姉さんのような傘を持ってくるようになるかな?と思ったりした。
元気よく歩いてくるおじさんが、あと1枚のチラシを見て、「これでおしまいかな?ありがとう」と受けとてくれた。
霞ヶ関勤務のお嬢さんのお母さんも元気そうだった。
今日の話の中で私は、風邪やインフルエンザがはやっていることに触れて、「今日の雨は、どちらかというと恵みの雨かもしれませんね・・・」と話した。
乾燥している空気を湿らせてくれて、こういうときは雨に感謝をと思った。
今朝のしんぶん赤旗は、戦後の景気について、とてもわかりやすい図表で解説をしてくれた。1965~70年の「いざなぎ景気」、86~91年の「バブル景気」、そして、02~07年、今回の「景気拡大局面」の3回あるそうだが、前の2回は、大企業の経常利益の増大とともに、従業員の給与も増えているが、今回の「景気」においては、大企業の経常利益や株主配当は大幅に増えても、従業員の給与は減っている。まさに、230兆円の内部留保金が作られたゆえんである。
私は、「大企業が、解雇を中止・撤回するためには、内部留保をほんの少し出せばできることです」と、その役割を果たすよう訴えた。
霞ヶ関勤務のお嬢さんもやってきた。以前、新橋から霞ヶ関に職場が移った彼女もまた、おそらく、派遣社員ではないだろうか?彼女たちの朝の笑顔が絶えないようにするために、労働者のみなさんと力を合わせてがんばっていきたいと思う。
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by ken-tono | 2009-01-30 10:33

「みなさん、カゼやインフルエンザには気をつけてください」。   

昨日は、長女がカゼを引いてしまったため、夜、妻が病院へ連れ行ったりと大変だった。市民病院が救急当番医だったので行ったら、10人くらいの患者さんが順番を待っていたそうで、中にはあまりの高熱のためその場で入院というお子さんもいたそうだ。
とにかく「うがい、手洗い」だそうで、みなさんもカゼには気をつけてください。
起きたら、秋田の母から電話があった。
「どう、来れる?」「ん、今日にでも行こうと思ったけど、仕事があるのでお葬式は間に合わないと思う」「無理して来なくてもいいよ」「後から行けるようだっら、また電話するね」ということで、残念ながら、Mおばあちゃんのお葬式にはでれなくなってしまった。
秋田の私の実家の地域では、お葬式の前の日に野辺送りと火葬が行われる。東京では、通夜の次の日に告別式で火葬となるが、この風習の違いはどこからくるのだろうか、こんど年輩の人に聞いてみたいと思う。
というわけで、長女はベッドの中、そうこうしているうちに長男が起きてきた。
今日は出発が遅くなってしまったので、Mデパート前で宣伝をすることにした。
昨日の国会では、麻生首相の所信表明演説が行われた。わが党の志位和夫委員長は、「首相の所信表明は、国民の苦難を生みだしたことへの反省もなければ、解決のための手だてもない」と厳しい評価を示した。選挙目当てのバラマキ金と消費税増税の準備、大企業大銀行への過大な支援、ソマリア沖への自衛隊の派兵など、国民世論に背いたこれまでの自民党政治の踏襲だと訴えた。
彦坂恵子さんが「おはよう!」と言って、横断歩道を渡っていった。
保育園児の男の子を自転車に乗せたお母さんが「おはようございます」と元気な声をかけてくれた。
話しながら通行者の人たちを見ていると、10人に1人はマスクをして歩いている感じがした。
「みなさん、カゼやインフルエンザには気をつけてください」。
政治の話の合間に、どうしてもこのフレーズが増えてしまった。
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by ken-tono | 2009-01-29 10:04

真っ白な雪の中で、Mおばあちゃんを見送ることになると思う。   

妻、私、長女の順番で起きて、テレビを見ていたら、秋田の母から電話がかかってきた。
「おはよう。ん、どうしたの?」「おばあちゃんが、昨日の午後1時過ぎに亡くなったの・・・」「あれっ・・・」「30日にお葬式だけど帰って来れる?」「仕事の予定を見ないと分からないけど、できるだけ帰るようにするから」・・・と。
おばあちゃんとは、私の祖母のことだ。
106歳の長いながい人生を終えた。
去年の夏に長男と秋田に帰ったとき、Mおばあちゃんに会ってきたが、それが最後になった。
54歳の私にしてみれば、倍の人生を生き抜いたことになる。
思い出はたくさんあるが、何とか帰って、Mおばあちゃんを見届けたいと思っている。
遅れて起きてきた長男もその知らせを知り、「そう・・・」と神妙な面持ちだった。
長女を車に乗せて町田駅に向かった。
わりとすぐに、M銀行前に付けることができた。
昨日の国会の様子について、第2次補正予算が自民公明与党の賛成多数で可決成立したが、定額給付金では景気回復にはならず、消費税増税の準備をするなどとんでもない話であり、増税ストップ、食料品への消費税非課税実施など、実行力ある景気回復策を行うべきです、と訴えた。また、細野龍子さんをぜひとも都議会に送ってほしいと訴えた。
「がんばって」と年輩のご主人が声をかけてくれた。
駅前の職場で仕事をしているIさんが、「寒いのに、がんばるよなぁ」と激励してくれた。
宣伝を終え、ノボリをたたんでいると、同じ団地に住んでいる奥さんが、「ちょっと相談があるんですけど・・・」と話しかけてきた。聞くと、国保税を滞納して、保険証が取り上げられてしまい、ぜんそくの病気があっても病院に行けずに困っているとのことだった。秋田から帰ったら、来週、市役所に一緒に相談に行きましょうということにした。
昨日よりは暖かいという予報だったが、結構寒かった。
Yおじさんの話では、秋田は、昨日までずいぶん雪が降り続いたそうだ。
真っ白な雪の中で、Mおばあちゃんを見送ることになると思う。
・・・・・・・・・・・・・・・・。
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by ken-tono | 2009-01-28 09:55

「ファイト!受験生!」   

いつも通りに目が覚めた。高校生の長女は、推薦入試が行われる今日はお休みだそうで、びくともしない。
寒いので手早く着替えを済ませて外に出た。
今朝もまた星がぼんやりと輝いていた。
一等星のように明るいのは、白色の街路灯と一棟当たり数軒の部屋の明かりである。
駅に着くとストレートに定位置に付けることができた。
テンポに乗ってスタンバイし終えた。
今日は、都立高校の推薦入試が行われる日だ。きっと、この駅前も通る中学生がいるだろう。がんばってね!、と声をかけてあげようと思った。
6時半のおじさんが来た。野球帽に黒の革ジャンのようなコートを着てきた。「火曜日はいるのか?」「はい・・・。気をつけて」。おじさんと会い始めて、もう何年にもなるのに、意外と無頓着な様子だった。
トコトコちゃんが一人でやってきた。大きなウサギの手袋をもて余すようにはきながら・・・。「おはよう」「おはようございます」「あれっ、お姉ちゃんは?」「学級閉鎖です」「カゼ、気をつけてね」「うん」・・・。妹のトコトコちゃんは元気そのものだった。
市内の病院でインフルエンザが流行し、学校閉鎖もあるようだ。とくに、受験生は気をつけてほしいと思った。
タクシーの運転手さんが都内での仕事を終えて帰ってきた。「お疲れさまでした」と声をかけた。
受験生らしい中学生の集団が来た。「今日は、都立の推薦入試の日です。最後まであきらめないで、みんな合格するためにがんばってください!」というと、中学生から「がんばります!」という声が帰ってきた。
霞ヶ関勤務のお嬢さんのお母さんは姿が見えなかったが、しばらくして、お嬢さんがやってきた。「行ってらっしゃ~い!」と見送った。
高校入試へ向かう中学生がまたやってきた。
「ファイト!受験生!」
心の中で何度も叫んだ。
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by ken-tono | 2009-01-27 09:34

「もう一度、腕を生かして仕事がしたい」。   

月曜日の朝の目覚めには少し気合いが必要だ。多くのサラリーマンや学生さん達もきっとそうではないだろうか。
昨夜寝たのはそんなに遅くはなかったのだが、「ん~ん、もう少し・・・」となってしまった。
外に出ると、まだ真っ暗。雲か靄かは分からないけれど、星がかすんで見える。
それにしても、寒かった。
私の車はそうでもなかったが、バッチリ凍っている車が結構あった。
駅に着いたら、パチンコ屋の入り口に、学生風の男性と40,50代の女性の2人が順番を待って座っていた。
私は、駅の入り口を掃除し、挨拶を始めた。
市役所の警備のおじさんが出勤のため通っていった。
T高校生君のお兄さんは、斜線が入ったピンクのネクタイで現れた。
本町田のMさんは、いつもと変わりない足取りでやってきた。「冷えるね・・・」「そうですね」。
「寒いね」と言われるより、「冷えるね」と言われたほうが、よっぽど寒く感じた。
奥さんが運転する軽のワゴン車から降りたご主人はいつも挨拶をしてくれる人だ。階段を2,3歩降りたところで振り向いて、「俺、政治好きなんだよな!」と。期待をこめていってくれたのだと思った。
バイオリニストのご主人が、送ってくれた奥さんにありったけ手を振っていた。
木曽町のFさんの息子さんも、送ってくれたお父さんにお礼をして、しばらく離れていく車を見届けていた。
とにかく手がしびれるほど寒い朝だったが、がんばって訴えた。
定額給付金のこと、消費税増税のこと、今日の参議院で採決が予定されている第二次補正予算のことなどを話した。そして、明日行われる都立高校の推薦入試のことも話した。
今日は、宣伝が終わったら市役所に行って、先週、街頭相談会で相談にのった男性と生活援護課に行くことにしていた。
8時半、相談されたAさんが1階のロビーで待っていた。すぐに私は、彼と生活援護課を訪ねた。彼は、よく聞いたら、相談にのった前の日に派遣会社をクビになって、5千円の所持金で、早く仕事を探さなければと路頭に迷っていたのだそうだ。職員の方に聞いてもらったら、1部屋だけ空いているということで、市内の宿舎をあっせんしてもらった。
Aさんは、私と一つしか違わないのに、体が大部弱っているように見えた。
福島の高校を卒業して上京し、20数年間、コックをしてきたそうだ。イタリアレストランや居酒屋、最後はラーメン屋もしたそうだが、うまくいかずに、離婚し、仕事も派遣で土木工事しかできなくなった、と。
「もう一度、腕を生かして仕事がしたい」。
先日、ある国立大学に通っているという長男と会ったそうだ。
「息子さんには、ご主人の今の状態を話されたんですか?」「とても話せないよ。まだ学生だし、俺も息子には見栄を張らないといけないし・・・」。
住まいが何とか確保できたAさんは、午後にも市内の飲食店の仕事の面接に行きたいと言っていた。
「今でも料理できるんですか?」「もちろん」「がんばってくださいね。またいつでも声をかけてください」「ありがとう・・・」。
息子さん達が独り立ちするまでに、Aさんが安定した生活が送れるように願ってやまない。
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by ken-tono | 2009-01-26 10:19

「ん、んめなぁ・・・」   

一昨日と昨日のことについて、もう少し書いておこうと思う。
まず、一昨日だが、町田市民フォーラムで上映された『ふるさとをください』という映画を観てきた。主催はウィズ町田後援会で、障害者の人たちの運動を進めているきょうされん(同作業所連絡会)の30周年記念映画だった。
和歌山市内に精神障害者の共同作業所が設置されたが、町民から“よそ者”“きちがい”扱いされ対立する中、とうとう、この街の仲間になることができる、それまでの葛藤と心温まるシーンを描いたスバラシイ映画で、とにかく、涙、なみだだった。
「障害者の人たちには、帰るふるさとがないのです。ふるさとをください」と訴えた、藤田弓子さん演ずる共同作業所の所長役の言葉がこの映画のタイトルになった。
あまりの涙に、私は、途中からハンカチを取り出さなければならなかった。
さて、昨日は、わが党の古橋良恭事務所と党市議団による“街頭なんでも相談会”を町田駅前で行った。ときおり、雪がちらつくほど寒い中、10名近い方が足を止め、話しかけてくれ、そのうちの何人かの方は、具体的な相談があった。私たち市議会議員と弁護士さんが相談にのった。
ある男性は、1週間ほど前、厚木の勤めていた会社をクビになったため、ろくにものも食べず、ファーストフード店で夜を過ごしてきた。お金も底をついてきたので助けてほしい、という内容だった。早速、月曜日、生活援護課を一緒に訪ねることにした。
困っている人たちはまだまだたくさんいるはずだ。困難解決のためにがんばりたいと思う。
・・・と、そこへ、マイ フレンド・クリスが午後もやってきた。どうやら、英会話教室のようだった。
他の議員や弁護士さんにクリスを紹介した。
クリスは、「アイ キャン ノット ボゥト(私は投票できないのだ。出来るようにしてください)」と主張した。彼は、日本での永住権はあるものの、帰化はしていないため国籍はカナダにある。
法令を変えなければならない問題だと思うが、クリスには、「オーケー」と言っただけだった。
「ごめんなさい」と、クリスは時計を見ながら、生徒さんが待っている喫茶店に向かっていた。
さてさて、昨夜のテレビを見たら、やはり、“熊鍋”の場所は、阿仁マタギの発祥の地といわれている、阿仁根子(あにねっこ)部落だった。
私も食べたことはあるが、調理方法は、熊の肉とダイコンを味噌で煮るという料理だった。
旅人役、あおい輝彦さんは、おそらくあんな野性味のある熊鍋を食べたのは初めてだったのだろうか。
「んっ!○△□・・・。うまい!!」。
根子部落の人たちが「ん、んめなぁ・・・」と口々に言って熊肉を食べると、あおいさんまでもが、「んめなぁ!」と、自然と秋田弁が出てきた。
アップで写されたあおいさんの目にはじんわりと涙があふれていた。
どこでも食べることができない熊鍋ならではの醍醐味と東北の人たちの優しさだったと思う。
「ここの人たちは、心が温かいよ!」と、宍戸かいさんに語ったあおいさんの言葉が、涙の理由だったのだ。
ジ~ンとくるシーンと雪に埋もれたマタギの里・根子部落をを見て、ちょっと帰ってこようかなと思ったりしたが、実際には、夏まで帰れそうもない。
今日は、週に一度の朝の宣伝はお休みの日だった。
部活の長女を、妻と一緒に車で送ってあげた後、カフェでコーヒを飲みながら、そんな話をしていた。
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by ken-tono | 2009-01-25 16:43

「ダイジョウブ。カナダジンダカラ」とは言わないと思うのだが   

目覚ましをかけることもなく、いつも起きる時間に目が覚めた。
「ん?まだ早いな・・・」。
私はもう一度目をつむり、ひと眠りすることにした。
土曜日なのに妻は今日も仕事である。長女の方は部活がお休みらしい。
「今夜のテレビで“秋田マタギの鍋”やるらしいよ・・・」「ん~ん」
マタギといえば、もちろんわが故郷“阿仁マタギ”。鍋といえば、“熊鍋”しかない。
熊の肉は、ある本によれば、春に捕れる熊よりも、秋に捕れる熊の方が美味しいとされている。
なぜかというと、冬眠からさめた熊は、栄養分が消費してしまい痩せているからだ、と。一方、秋の熊は、山の木の実を沢山食べて、蜂蜜ではないけれど、木の香りがしてなかなか美味しい、と。
私も実際、捕獲した熊の肉を何度か食べたことがあるが、美味しいと思ったときと、ん~ん、野性的な味だなぁと思ったときなど色々だった。
今夜のテレビを楽しみにしている。
M銀行前で宣伝をすることにした。
タクシーが並んでいたが、数分ほどして定位置に着いた。
2本、日本共産党のノボリを立てたが、風が強かった。
雇用の問題、消費税の問題、そして、高校入試のことについても昨日に引き続いて話をした。
頷きながら歩いていた奥さん。
背の高いサラリーマンの方が、目を合わせて挨拶をしてくれた。
森野のYさんの息子さんとは宣伝前に会い、途中でお母さんに会った。
今日は会えないかな、と思っていたところへ、クリスが現れた。
「元気?」「ゲンキデス。ガンバッテルネ!」「がんばってるよ。寒くない?」「ダイジョウブ。カナダジンダカラ」「ぐっ ばぁい」「サヨナラ」・・・
クリスは、ほっぺに手をやり、カナダ人は寒さに強いんだよと言ったのだ。
たしかに、東北人の私でも、さすがに北米カナダ人のクリスにはかなうはずがないなと思った。
昨日お話しした、秋田の男鹿半島出身の女性店長さんは、「ハタハタは朝、昼、晩、秋田に帰ったときは毎日食べてましたよ。美味しいんだよね」と語っていた。
淡泊で柔らかい身のハタハタは、毎日食べても飽きることがない。
そして、熊鍋は、寒いさむい冬に食べると、体がぬくたまる。
ハタハタと熊鍋をクリスに食べてもらったら、彼は何と言うだろうか?
「ダイジョウブ。カナダジンダカラ」とは言わないと思うのだが。
んん。
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by ken-tono | 2009-01-24 10:38

熱めのブレンドコーヒーがとても美味しかったのは、そのせいかもしれない。   

雨音で目が覚めた私は、まず今朝の新聞に目を通した。
昨日の都立高校推薦入試の応募状況が出ていた。平均で2.95倍、約3倍の競争率だ。中学の推薦を受けたとはいえ、3人に2人は合格せず、一般入試で再挑戦しなければならない。
これでは“イス取りゲーム”だ。
弱肉強食主義が生み出す教育の格差を無くしていかなければならないと思った。
そして、受験生みんなが本当にがんばってほしい、受かってほしいと願った。
支度をして外に出たら結構寒かった。
角度のある細かい雨が降り続いていた。
雨で濡れた車のボンネットに街灯の光が反射して、どの車もショーウインドーに飾られた商品のように見えた。
駅に着くと、難なく止めることができた。
デッキの上は屋根が着いているにもかかわらず、ビショビショになっている。
冷たい雨が風とともに吹き込んできていた。
ピョンピョンと2,3度はねて体を温め待っていると、小柄な奥さんがやってきた。「おはようございます。寒いのにご苦労さまです。カゼ引かないように・・・」「ありがとうございます」。さっそく、温かい言葉をかけていただいた。
6時半のおじさんも来た。「雨なのによくやるなぁ!?」「えぇ・・・」「がんばって」「はい」。職人のおじさんもまた優しく声をかけてくれた。
トコトコちゃん姉妹が沢山の人たちに混じってバスから降りて向かってきた。トコトコちゃんは、水色の傘を持ってきた。「おはようございます」「雨に濡れなかった?」「うん」「気をつけてね!」「うん!」。元気に出かけていった。
ヒゲのお兄さんが来た。「おはようございます」「寒いですね?」「これから暖かくなるそうですよ」「ほっとしました」。・・・とは言ったものの、まだまだ寒かった。
道路に目を向けた。漆黒のアスファルトにオレンジ色のヘッドライトを灯して往来するバスの数が増えてきた。
「みなさん、消費税増税問題が政治の大争点になってきました」と、麻生自公政権、自民党、財界の動きに触れて、消費税増税ストップ、食料品に対する消費税非課税実施を呼びかけた。
小柄なお父さんが、「雨なのになぁ・・・」と、やはり冷たい今日の雨に思いやってくれ、ありがたかった。
霞ヶ関勤務のお嬢さんのお母さんは元気そうだった。
しばらくしてお嬢さんが、黒のアンブレラをもってやってきた。
わが家の長女も今日は十分電車に間に合いそうだった。
Yちゃんは、少し遅れてきたが、笑顔で駅に向かっていった。
とにかく、宣伝の最後まで寒い朝だった。
そういえば、昨日、最近行き始めた小さなカフェでコーヒーブレイクをした。
先週、女性の店長さんに私の名刺を渡した。“秋田阿仁マタギの里・森吉山”と書いた写真を入れた私の名刺を見た店長さんは、「秋田と関係があるんですか?」と聞いてきた。
「そうなんです。秋田県阿仁町の出身です」「そうですか。私も秋田出身で、男鹿半島なんですよ」。
ハタハタやきりたんぽの話、田んぼやお酒の話、色んな話に花が咲いた。
熱めのブレンドコーヒーがとても美味しかったのは、そのせいかもしれない。
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by ken-tono | 2009-01-23 09:41

親が泣かされ、子どもまでもが泣かされることがあってはならない。   

冷たい雨の朝になった。
朝の宣伝を今日もまた遅い時間帯にしたので、駅まで長女を車に乗せていくことにした。
オートバイに乗っていて一番苦手な日が、今日のような冷たい雨の日かも知れない。
わが家の前の柳の木が、重そうにして西風に揺れていた。
今朝のラジオもオバマ米大統領の就任演説の話題だった。
駅に着き、「ありがとう」と言って長女は駅舎の方へ駆けていった。
宣伝場所ののM銀行前は、雨の日にもかかわらず、タクシーが並んだまましばらく動かなかった。
10分ほどして、宣伝を始めることができた。
バスから降りてくる中学生が多かった。
そういえば、今日は都立高校の推薦入試の願書の受付日だったということを思い出した。
お母さんに付き添われてくる生徒もいれば、数人の中学生だけの集団というのもあった。
私は、「受験生のみなさんがみんな合格することを願っています。風邪を引かないように、全力でがんばってください。また、都立高校の定員を増やすこと、私学に対する助成を増やし、授業料が安くなるためにも、今、石原都政が進めているオリンピック誘致や銀行経営への税金の無駄遣いを止めることです」と訴えた。
白いセーターを着たどこか見覚えのある女の子がやってきて、突然マスクを外し、ニコッと笑った。
T大附属高校の女の子だった。
「あれっ、今日は学校なの?」「受験でお休みなんです」と、今日はどこかへ出かける様子。私立高校も受験に入ったようだ。
都立高校等の公立高校は倍率が高くてどうしても外れてしまう中学生が出てしまう。さりとて、受験日が違う私立高校は、授業料が高くて受けられず、都立一本という中学生が増えてきたようだ。
“15の春は泣かせない”という言葉は、かつての京都府の蜷川虎三知事が述べ、実行した名言だ。
職場を解雇されて親が泣かされ、高校に入学できず子どもまでもが泣かされることがあってはならない。
国政を変え、都政を変える。
日本共産党の議席を増やさなければ・・・。
冷たい雨の中を高校に向かう受験生の中学生や親御さんの姿を見て、そう思った。
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by ken-tono | 2009-01-22 10:20

私の頭は、ふと、40年前にタイムスリップしていた。   

昨日は早く寝たこともあって、その分早く目が覚めた。
ただ、今日は、家をゆっくり出ようと思っていたので、のんびりと布団の中にいると、長女が起きて支度をし、朝ご飯を食べていた。
ん、私も起きるか!となった。
最近では珍しく、長女を駅まで車に乗せてあげた。
今朝は、テレビもラジオも“オバマ米大統領就任”のニュースで一色だった。
駅までの間、ずっとそのニュースだったので、聞いていた長女は何をどう感じたのだろうか?
そう思いながら私の頭は、ふと、40年前にタイムスリップしていた。
私が中高生の頃、アメリカといえば、ベトナム戦争と沖縄の施政権返還が大きな社会問題になっていた。
亡き父が、当時、労働組合の仲間と共に、ベトナムや沖縄での闘いを描いた映画を上映していたが、確か私は、友達のSちゃんを誘って見た記憶がある。ベトナム戦争と沖縄問題は、私自身の世界観形成にとって、とても大きなウエイトを占めている。
アメリカが大国覇権主義の野望でベトナムを侵略したが、ホーチミン率いるベトナム人民はそれを許さず、分断された南ベトナムの傀儡政権は崩壊、アメリカは撤退を余儀なくされた。ベトナム人民の勝利である。
また、沖縄も施政権返還後、返還闘争の先頭に立ちがんばってきた瀬長亀二郎氏が率いる沖縄人民党が日本共産党に合流し、瀬長氏は、日本共産党の衆院議員になった。私が、秋田の高校を卒業して、京都で生活を始めた頃、日本共産党は、衆議院で40名近い議員団を擁するまでになった。
私が日本共産党に入党した時期だ。
時は流れ、アメリカのブッシュ政権は、アメリカ国民によってノー!という審判を下された。
違法なイラク戦争にみられる一国覇権主義の失敗、“カジノ経済”と称されるアメリカ型資本主義の崩壊が、新しいアメリカの有り方を国民が求め、オバマ氏に託したのだと思う。
オバマ新大統領が述べたように、今後の道のりは一筋縄では行かないと思う。
ぜひとも、平和外交と国民が主人公という、私たち日本共産党もこの日本で掲げている新しい政治の方向へアメリカが大きく転換することを願ってやまない。
そのためにも、今年の総選挙で、日本共産党の国会議員の議席を、私が入党した40年前の時代のように増やして、崩壊寸前の自民党政治を国民本位の政治に大転換させたいと思う。
オバマ米新大統領就任のニュースを長女と共に聞きながら、私の脳裏の中をそんなことがよぎった。
長女を下ろし、事務所で用事を済ませた後、もう一度駅に戻り、Mデパート前で宣伝をした。
オバマ米新大統領就任のニュースを中心にしながら、現実の日本社会に目を落として、日本共産党の政策と決意を話した。
デッキを通る人の足が少しだけれど止まった。
車を運転している人も窓ガラスを少し開けて聞いてくれているようだ。
昨日もそうだったけれど、今朝もまた、重層な雲が立ちこめていて、今にも雪が降りそうな感じがした。
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by ken-tono | 2009-01-21 10:18