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“仙人小屋”   

秋田のことでもう一つ。
父の兄弟は11人だったが、去年の夏叔母が亡くなり、全員この世を去った。
一方、母の兄弟はというと、亡くなったのは1人だけで、残りの5人は健在だ。母の母親であるおばあさんは、106歳まで生きたのだから、母の家系の方が長寿である。
で、秋田には、母と母の弟のYおじさんが住んでいる。
Yおじさんは仕事を転々と変えながらも、最後は大好きな農業を続けていた。栗やメロン、スイカなどの果樹と椎茸の栽培が主だが、先日帰省したら、おじさんは、山の畑の中に立派な“仙人小屋”をつくり、一人で生活していることが分かった。帰省した日の夜、“仙人小屋”を訪ね、おじさんと従兄弟のTくんとお酒を飲んだ。
長年にわたって確保してきた木材の中には、川に流れ着いた流木や、山林の伐採で不要になった大木をもらったものなど、木の形や木目を利用したデザインに飛んだ小屋だった。
中でも、おじさんがまだ若かった頃、当時、阿仁町の山の中に住んでいた自称“仙人”というお年寄りが書いた掛け軸には、書と馬の墨絵が描かれてあった。
“仙人”と言えば、聞こえはいいが、今で言えばホームレスになっていた人だったらしい。それでも、その方の作品は、今、Yおじさんの“仙人小屋”に輝いているのである。
5年計画で花畑を作り、さらに見違えるようにしたいというのが、おじさんの夢なのだそうだ。
毎年、秋田に帰るのが別の意味で楽しみになってきた。
さて、今朝は、ちょっと早目に起きて、駅に向かった。
スタンバイして間もなく雨が降ってきた。
でも涼しく、風がとても気持ちよかった。
大野勤務の奥さんは、「涼しくなりましたね」と。
「明日から暑くなるようですね」というご主人もいた。
ヒゲのお兄さんは、明日から埋蔵文化財の発掘現場に立ち会う仕事にはいるようで、地下3㍍の場所からさらに掘り下げるようで、「暑くて大変だと思う」と話していた。
霞ヶ関勤務のお嬢さんのお母さんも元気そうに通っていった。
明日から、福井市で行われる自治体学校に勉強に行ってくる。
学習して英気を養い、この暑い夏を乗り切りたいと思う。
というわけで、しばらくまた、朝の宣伝とブログはお休みとなるが、来週、また元気に町田駅に立ちたいと思う。
みなさんも、暑さに負けないよう気をつけてお過ごし下さい。
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by ken-tono | 2010-07-30 13:51

「しばらくぶりだね、この電車」。   

秋田に帰ったときの話をちょっと・・・
法事が終わった翌日、私は母を連れて田沢湖に行くことにした。
現在は秋田内陸縦貫鉄道という第三セクターの単線の鈍行電車に乗って角館駅に向かった。
このところの異常気象によって、秋田県内も大雨注意報が出ていたため、果たして電車が動くだろうか心配したが、大丈夫だった。
「しばらくぶりだね、この電車」。母も今では一両編成になってしまった旧阿仁合線の電車に乗るのは久しぶりだった。
「トンネルを抜けると日本の里百選に選ばれた根子部落が眼下に広がります。打当マタギ、比立内マタギ、根子マタギ・・・」。車内のアナウンスを聞きながら、私の心は50年前にタイムスリップしていた。
父や母に連れられ電車に乗り、お盆の墓参りを終えて、夜、帰りの電車の中から眺めていた田んぼやぽつんぽつんと現れては消える家々の暖かな灯りが目に浮かぶようだった。
阿仁合駅から角館駅の往復を母と共にタップリと楽しむことができた。
・・・と、今朝は、少し体を休め、遅めに駅に向かい、Mデパート前で短時間の宣伝をした。
「今朝は昨日までより少し涼しい感じがしますね」と切り出し、臨時国会のこと、原爆のこと、異常気象のことなどを話題に話した。
ときおり、秋田に帰ってきたことや、母と話したことなども織り交ぜながら話してみた。
鷲北副市長が私の方を見て挨拶をしてくれた。私も会釈をしながら、「おはようございます」とマイクで挨拶をした。
4日間も駅頭宣伝を休んでしまったので、また少しずつならしているところだ。
スポーツの大会に来た高校生の男の子たちが照れくさそうに手を振ってくれた。
うちの子どもたちと同年代だよなと思い始めたら、私も妙に照れくさくなった。
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by ken-tono | 2010-07-29 17:50

久しぶりの母との「旅」   

しばらくご無沙汰してしまいました。
23~26日、お休みをとり、秋田に里帰り。父の17回忌、伯父の33回忌を終えて、母と1泊2日の小旅行を楽しんできた。久しぶりに親戚の人たちと親交を深め、母と温泉に行き、いろんな話をしてきた。
宿でテレビをつけたら、NHKで『ゲゲゲの鬼太郎』の作者、水木しげるさんが出ていた。戦地で左腕を失った水木さんの話を聞きながら、母が話し始めた。戦時中、母は、看護婦として塩原温泉の中にあった国立療養所に勤務していた。戦地で足や腕を失ったり、目がつぶれてしまった兵士さんたちの療養の看護に就いていた。「戦地で腕を失った人は、どうやって手術をして出血を止めたのだろうか?」。私の疑問に母は一つ一つ答えてくれた。
久しぶりの母との「旅」で、このところの選挙の疲れも癒すことができた。
さっそく、昨日から朝の宣伝を再開した。
トコトコちゃんは夏休みに入ってしまい会うことはできないが、それ以外の人たちとはいつものように会うことができた。
昨日、本町田のMさんは、「暑いね~!」と本当に暑そうな表情だった。
今日、6時半のおじさんは、「何人ぐらい受けとってくれるの?」と、私が配るチラシの枚数に関心があるようだった。「○○枚ぐらいかな?」と言うと、「ほう・・・」と言いながら駅に向かっていった。
ヒゲのお兄さんは、先頃、妹さんを亡くし、お母さんは入院と、本当にすったもんだで大変だったようだ。
霞ヶ関勤務のお嬢さんが、手を挙げて「行ってきます」と合図をしてくれた。
カルフォルニア出身のJさんは、軽快に走りながら、右手を挙げて「オハヨウゴザイマス」と。
朝から蒸し暑かったが、みなさん元気そうに職場に向かっていった。
「最近は、男性用の日傘も売れているそうです・・・」と、赤旗のコラムを紹介しながら話すと、「ん~ん」というような表情の方が見かけられた。
とにかく、暑い東京の朝だった。
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by ken-tono | 2010-07-28 13:59

みなさんも、夏バテしないように気をつけてください。   

一昨日、昨日、今日と、朝の宣伝は続けていたのだが、ブログの方が空いてしまい、ようやく今日になった。
一昨日は、朝の宣伝の後、Sさん、Hさんらと、栃木県の喜連川社会復帰促進センターに収監されているAさんとの面会に行ってきた。町田痴漢冤罪事件の不当な刑が確定し、収監されたのがちょうど一年前だった。
その日の午後、Aさんと面会ができた。Aさんは、87キロの体重が15キロも減って、かなりスリムになっていたが、筋トレとウオーキングで体は鍛えているとのことだった。一日も早く仮釈放を実現し、再審請求に向けて準備をしていきたいと語っていた。元気だったので安心した。
長男は夏休みの部活合宿が始まった。
うだるような暑さの中で、ちょっと“夏風邪”をひいてしまった私だが、できるだけ睡眠時間を長めに取るようにして、明日からの秋田への帰省に備えている。
今朝の駅に出た。
70歳ぐらいのご主人が、近寄ってきて、「がんばるねっ!」と労ってくれた。
そういえば、昨日、トコトコちゃん姉妹に会ったことを思い出した。「学校はいつまでですか?」「今日までです」。トコトコちゃんとは8月いっぱい会えないなぁと思いながら、2人を見送った。
同じ団地に住むおじさんが、「暑いから気をつけて」と声を掛けてくれた。工事現場のガードマンをしている人なのに、私の方を心配してくれてありがたかった。「気をつけてくださいね」と私も返事をした。
明日から少しの間秋田に帰るので、早朝宣伝ができなくなる。
久しぶりに母に会って、父の17回忌を済ませ、のんびりしてこようと思っている。
そのときのことはまた後日みなさんにお伝えしようと思っている。
みなさんも、夏バテしないように気をつけてください。
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by ken-tono | 2010-07-22 08:45

選挙の後の静かな朝、という感じだった。   

梅雨明け?の昨日は本当に暑い一日だった。
昨夜、私は、早く寝てしまった。
朝、目が覚めたとき、長男が支度をしているのが分かった。
「早いね。部活!?」「うん・・・」
私がシャワーを浴びている間に、長男は早々と出かけていった。
よし、今日もがんばるかっ!と、長男に続いて私も駅に向かった。
駅に着き準備をしていると、背後から「おはようございます!」と元気な声がかかった。
振り向くと、Sさんだった。「選挙、お疲れさまでした」「あっ、どうも、お疲れさまでした」
私は、中国地方や岐阜県などで起きている集中豪雨の被害について話をし、「私たちの町でも近年、集中豪雨で被害が出ました。みなさんの安全を守るため引き続きがんばっていきます」と訴えた。そして、参院選後、公約実現に取り組んでいくことを話した。
会釈をして激励してくれる方がいた。
選挙の後の静かな朝、という感じだった。
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by ken-tono | 2010-07-17 10:36

「おっ、小池さん、どうしてる?」と。   

梅雨前線が北上し、関東地方は今日から晴れの日が続きそうだ。
一方の前線がやってくる東北地方は雨が多くなるのだろうか。
来週末、私は、秋田に帰るのだが、一つお天気が心配である。
目が覚め、「あっ、これは急がないと!」と速攻で支度をして外に飛び出した。
やや湿気が取れてきた感じがするが、それでもまだ朝から蒸し暑い。
スタンバイをして間もなく、大野勤務の奥さんが微妙な表情でチラシを受けとってくれた。「何て声をかけたらいいのかしら?」という感じかな。
元警備員のご主人は、「惜しかったな!」と、分かりやすく激励してくれた。
6時半のおじさんも来た。「おっ、小池さん、どうしてる?」と。小池さんには当選してほしかったんだよという気持ちがひしひしと伝わってきた。
霞ヶ関勤務のお嬢さんのお母さんも静かにやってきた。
「小沢民主前幹事長の不起訴処分は不当という検察審査会の決定が出されました。・・・」と、徹底捜査を求めて訴えた。
子どもたちの母校のT先生に久しぶりにあった。ちょっと夏やせでもしたのでは?と思った。すぐ後、I先生が来たが、健康そのものという感じだ。
小学校の元校長のO先生も以前とかわらない感じでやってきた。
そろそろ終わろうかなと思った頃、T大学生のSさんが、「がんばって!」と右手を挙げて激励してくれた。
シンプルだが元気が出る若き応援団である。
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by ken-tono | 2010-07-16 08:48

まさにあの遅配の中に巻き込まれてしまったのだ。   

先日、混乱した「ゆうパック」を使い、妻が秋田の母におせんべいを送ったが、まさにあの遅配の中に巻き込まれてしまったのだ。
母からお礼の電話と手紙が届いたのは、東京から送ってから10日ぐらいしてからだったと思う。
中身がおせんべいで幸いした。母のお礼は、「美味しいおせんべい、ありがとう」だったからだ。
来週末には、父の法事のため、秋田に帰省する。母に、大館能代空港に着く時間を知らせると、おじさんが車で迎えに来てくれるとのことだった。
そして、昨夜は、長男が部活の練習でかなり遅くなったので、私は先に床に入った。
翌朝、目がさめると、もう長女が勉強をしていた。試験?と思いながら、家を出て、駅に向かった。
わが宣伝カーは、昨日、車検に出したので、その代車としてお借りしたブルーのまだ新しい車に乗り込み、駅までの10分間、いつにない快適感を味わった。
いろんな人たちに会い、激励をしていただいた。
「おはようございます」という挨拶だけなのに、その言葉の裏には、「残念でしたね。またがんばってください」という言葉が、その方々の目を通して伝わってきた。
「しっかり入れたんですよ。残念でしたね。がんばってください」。40代のサラリーマンの男性だった。
この関係を大事にしたいと思っている。
そして、「今日は、88年前、日本共産党が創立された日です」と、戦前の小林多喜二のことなども交えながら話をした。
日本共産党が、有権者・国民のみなさんにとってもっともっと身近な存在にならないといけない。
そんな思いで駅を後にした。
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by ken-tono | 2010-07-15 09:19

「小池さんに入れたのに、残念だったね」   

この夏の熱い、あつい闘いが終わった。
月曜日は、前日からの開票立会人(私は東京選挙区)の仕事が終わったのが午前2時半頃だったので、事務所により、帰宅し、シャワーを浴びて寝たのが4時だった。1時間うとうとしていたら、ちょうど長女が私を起こしてくれた。緊張していたせいか、眠気も感じず、スッキリした状態で起き、駅に向かった。
わが議員団の仲間と一緒に選挙結果のチラシを配りながら、ご挨拶の宣伝をした。
「残念だったなぁ!」と少なくない方々に声をかけていただいた。
「久しぶり!」とね霞ヶ関勤務のお嬢さんは、彼女なりの激励をしてくれた。
昨日の火曜日は、一息ついたせいか、ちょっと寝坊をしてしまった。
それでも行こう!と奮起し、別の場所で挨拶をした。
いざ、ハンドマイクで声を出そうと思ったら、電池切れだったので、あきらめて、肉声で話した。
ここでも「残念でしたね!」の声がかかった。
そして今朝。やはり、長女の足音で目が覚めた。
駅に着き、挨拶を始めた。
6時半のおじさんがトコトコちゃんと同じバス停のおじいさんと一緒にやってきた。
指を打つようなゼスチャーをして、いかにも悔しそう。「小池さん、残念だったよ!」。「申し訳ありません。またがんばりますので応援してください」
「小池さんに入れたのに、残念だったね」というご婦人も。
「いつもの朝の宣伝を続けていきます。小池さんと共に、消費税増税ストップ、くらし雇用を守り、社会保障充実へがんばっていきます」と訴えた。
Mちゃんが、霞ヶ関勤務のお嬢さんが、多くののみなさんがいつもと変わりのない笑顔で通っていった。
日本共産党がもっともっと力を付けて、次の政治戦で躍進できるようにしたい。
なによりも、人一倍奮闘した小池晃さんの再選のために、全力を尽くしたいと思う。
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by ken-tono | 2010-07-14 09:18

海育ちの店長さんに私は山育ち   

駅に出た。
タクシーの縦列が遅々として動かず苦労したが、時間を要してなんとか定位置に止めることが出来た。
通る人たちの様子が少しずつ変わってきた感じがする。
今日が金曜日だからなのか、ちょうどUターンのタイミングになってきたからなのだろうか?
渋谷勤務のお兄さんは、千葉との県境まで勤務先が伸びて、30分以上家を早く出るようになったらしいが、
梨取りが重そうだ。
おそらくテストに入ったと思われるMちゃんもやってきた。
少しスリムになった感じがするYちゃんの方は、長女と同じ高校なので今日もテストである。元気そうに出かけていった。
I先生も反対側から通った。
挨拶を終えて、お昼頃、P喫茶店に立ち寄った。暇そうだったので、ランチを食べていくことにした。
店長さんとは同郷のよしみである。
「良い温泉ありますか?」というので、秋田のわが実家から近い温泉を紹介した。
「森吉山に登って、温泉に入って、美味しいものを食べて・・・」
海育ちの店長さんに私は山育ちと、同じ秋田でも育った自然環境が全然違う。
それにしても今日は、秋田とは比べものにならないほど暑いのだが。
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by ken-tono | 2010-07-02 13:41

「大部焼けましたね?」   

昨日、免許証の更新の手続きをとりに行ったが、担当の人が、「今日は、通常の半分しか人が来ていない。サッカーの影響でしょうかねぇ?」と言っていたが、W杯サッカー日本×パラグアイ戦は様々なところに余韻を残したようだ。
長男に聞いたら、クラスの友達の殆どが最後まで試合を見ていたそうだ。
そんな長男と長女は、今日から1学期の期末試験に突入だ。
サッカーではないけど、果たして2人の明暗はいかに?
そういう長女といっしょに町田駅まで。
タクシーの後に付けて順番を待っていたら、私のすぐ後ろのタクシーの運転手さんが車を降りて話しかけてきた。「相模原に抜ける市民ホールの脇の道路、いつできるんですか?」と。先日の建設常任委員会でも質問が出たが、私は、「まだかなり先だと思いますよ」と答え、「新庁舎だけでなく、この道路整備にも莫大なお金がかかります」と話した。運転手さんは、新庁舎建設による渋滞が心配だったようだ。
駅に立った。
大野勤務の奥さんと会い、挨拶をした。
そぐ後に、トコトコちゃんと同じバス停のおじいさんがやってきて、「がんばってますね」と声をかけてくれた。
年配のご主人が立ち止まって、「大部焼けましたね?」と、日焼けした私の顔を見て言った。
「オハヨウゴザイマス。イッテキマ」・・・・・ん??振り向くと、イギリス人のケインさんだった。ちょうど私が後ろを見ていたときに、彼の方から声を掛けてくれたのだった。「あっ、ありがとうございます。行ってらっしゃい」と見送った。
カルフォルニア出身のJさんも大勢の人の中から声を掛けてくれた。
霞ヶ関勤務のお嬢さんのお母さん、しばらくして、お嬢さんも元気そうにやってきた。
微妙な温度と湿度。
アイスレモンティを自動販売機で買って飲んだが、あまり美味しいと思わなかったのはなぜだろうか。
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by ken-tono | 2010-07-01 14:52