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「自らの命をかけて村民の命を守る」   

昨日から長女の高校は期末テストらしく、社会の試験問題に何が出るだろうか?という話になった。
時事問題では、尖閣諸島や国後島、はたまた、延坪島、普天間基地、辺野古、TPPなどのキーワードが浮かんだが、残念ながら「出なかったよ」と長女。「ん、ごめん」ということになった。
駅に着き、すぐに準備を始めた。
森野のAさんにチラシを渡した。
イギリス人のKさんは、初めてマフラーをしてきた。本国よりも日本の方が暖かいと思うのだけれど。
クリス夫妻がニコニコしながらやってきた。すぐに握手。隣の奥さんもフフッと笑顔で。
小学校の先生、中学の校長先生が通り、挨拶をした。
ガードマンの仕事をしている男性が近づいてきて、「最近見なかったね?」と。確かに早い時間に来る人なので、「このところちょっと遅かったからかも・・・」と話したら、「そうか」と。
Mちゃん、霞ヶ関勤務のお嬢さん、藤沢勤務のお嬢さんが次々と通っていった。
北朝鮮問題で、昨日、首相と各党の党首との会談が行われたが、志位委員長は、中国が提案している6ヶ国緊急会合の開催へ積極的に行動すべきだと話した。なぜ、それが必要かを今日は話した。
そして、明日から始まる12月議会で、国保値上げ条例が大きな議論とたたかいになると話した。
さて、昨夜は、市民ホールで上映された「いのちの山河」を見た。
岩手県沢内村の深沢元村長町の村民の命を守る生き様を描いた作品に感動した。
深沢夫妻が中国から引き揚げてきたのが昭和29年のことだったそうだが、ちょうど私が生まれた年である。
当時の沢内村は、深い雪に閉ざされ、無医村だった。
深沢村長は、ブルトーザーで村に道を通し、村の病院に医師を優秀な確保し、そして、高齢者の医療費無料化制度を全国で初めて実現する。乳幼児の検診を充実させ、乳幼児の死亡ゼロを実現する。
「自らの命をかけて村民の命を守る」が心情だった、と。
まさに、地方自治体の一番の役目は何かを教えてくれる実話に基づく映画だった。
深い雪に覆われた田畑の上を吹雪に吹かれながら歩き実家に向かう深沢夫妻の姿を見ながら、私が小さい頃、薄暗い街灯の下で吹雪の中を必死に母の足跡について行った情景を思い出した。
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by ken-tono | 2010-11-30 13:41

「冷えてるね?」   

今朝は寒かった。
柳の枝葉を揺らしていた風の吹く方向がこれまでとは逆になってきた。
途中、事務所によると、Kさんがいて、「今日は割と暖かいね!?」というので、「ん?・・・」と思ったが、「そう?」と応えて、すぐに駅に向かった。
いつものことだが、駅の出入り口はかなり汚れていた。私は、通行者の合間を見ながら、キレイに掃除した。
T大学生君のお兄さんがやってきた。
その後、Mさんが続いてきた。「冷えてるね?」「そうですね」と。
制服を着た小柄な女の子2人がダッシュしてきた。トコトコちゃん姉妹だ。「気をつけてね!」「行ってきます」。あっという間に2人の姿は駅舎に消えていった。
K大附属高校の男の子が声を掛けてくれた。
Tくんがやってきたので、チラシを渡した。
昨日投開票が行われた沖縄県知事選で、イハ洋一候補(前宜野湾市長)は、落選したものの大健闘する投票を得たこと。沖縄県民は普天間基地撤去とともに県内移設反対の強い意志があることが今回の選挙で改めて示されたのであり、政府は日米合意の撤回へ動くべきだと話した。
また、12月議会が、1日から始まり、国保値上げ条例を何としても可決させないためにがんばりたいと訴えた。
そうしたら、いつも通る顔見知りのお兄さんが、歩きながら拍手をして賛意を表してくれたのだ。
大田区勤務の奥さんも通った。
森野3丁目のおじいさんは80歳近いのにまだ現役だと聞いた。
宣伝を終えたら久しぶりに手がしびれた。
やっぱり今日は寒かったのだ。
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by ken-tono | 2010-11-29 16:36

「おかげさまで、保険証が・・・」   

昨日はM銀行前で朝の宣伝をした。
私立高校は土曜日も受業らしく、平日と同じように駅前のバス停に向かっている。
「おはようございます」と高校生たちの方から私に声を掛けてくれるのが増えてきた。
わが家の子どもたちと同世代なので、声がかかると気持ちが良い。
沖縄県知事選挙は今日が投票日なので、昨日もイハ洋一さん勝利へエールを送った。
また、国保税値上げの条例が12月1日の第4回定例市議会に提案されるので、値上げを許さないたたかいをしていきましょうと呼びかけた。
団地に住むMさんが立ち止まり、「この間はありがとうございました。おかげさまで、保険証が・・・」と話してきた。
Mさんは、不安定な仕事と病気で国保税の支払いが滞り、この間、国保証が取り上げられ、10割負担の資格証に取り替えられていたため、病院に行けなかった。掃除の仕事をしているが目が悪く白内障の手術をしなければならないにもかかわらず、医者にかかることができない状態だった。
私は、「市の国保年金課に行き、病状などの事情を話せば、資格証から短期証に変えてもらえますよ」とアドバイスしていたが、「6ヶ月間の短期証をもらうことができました」ということだった。
本来、国民健康保険制度の皆保険の主旨からすれば、滞納に対するペナルティーとしての資格証の発行は間違いであり、ただちにやめるべきである。その点は、民主党政権に変わっても自民党政権時代と同じである。滞納金が完済しなくても資格証から短期証に切り替えることになってきたことは一歩前進だ。
引き続き、国保証の取り上げをやめさせるために頑張っていきたいと思う。
12月議会は、市民の命を守る国保制度実現のたたかいにとって正念場である。
今日は、日中、芹が谷公園で「町田時代祭」と称して、流鏑馬(やぶさめ)などの演技が行われるので、ちょっと見学に行ってみようと思っている。
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by ken-tono | 2010-11-28 09:57

突然、ミニーちゃんの笑顔が目の前に現れた。   

朝は大部暗くなってきた。
それでも、気温の方はまだガタガタ震えるほど寒くはない。
スモールランプをつけて駅に向かった。
スタンバイをしていると、クリス夫妻がやってきた。「ガンバッテマスカ?」と。
青いズボンのご主人が近づいてきて、「早いね。ちゃんと寝てるの?」「はい、大丈夫です」「寝てください」と労われた。
小学校の女性の先生が、今日は黒の洋装でやってきた。
と、突然、ミニーちゃんの笑顔が目の前に現れた。「バイバイ!」。お母さんにダッコされて、今日はとても元気なミニーちゃんだった。
Mちゃんがたくさん参考書を抱えてやってきた。
校長先生には「お疲れさまです」と声を掛けた。
霞ヶ関勤務のお嬢さんのお母さんも通った。
北朝鮮砲撃問題、国保税値上げ問題の2つで話をした。
長女が通った。
そして、霞ヶ関勤務のお嬢さん、藤沢勤務のお嬢さんが元気に通った。
今日は花の?金曜日。
「今日も一日がんばらなきゃ!」
私もそんな気持ちで訴えた。
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by ken-tono | 2010-11-26 08:52

まだまだ本格的な寒さではないようだ。   

久しぶりにMデパート前で宣伝をした。
北朝鮮による砲撃行為について、日本共産党の志位委員長は、昨日、「国連憲章や両国の協定等に反する無法行為であり、断じて認められない」と北朝鮮を厳しく非難した。また、事実と道理に基づいた今後の対応の重要性も指摘した。
ということで、私も今日は、日本共産党の見解を話した。
品川ナンバーのトラックからデパートに荷物を搬送していた女性の運転手さんが、私の顔を見て、「ご苦労さまです」と声をかけてくれた。
また、相模原ナンバーの男性の運転手さんも激励をしてくれた。
間もなく終わろうかという頃、原町田のOさん夫妻が私の方を見て会釈をしてくれた。
大部寒くなったとはいえ、まだまだ本格的な寒さではないようだ。
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by ken-tono | 2010-11-25 09:53

「1週間の歩き貯め」   

昨日は、地域の後援会のみなさんといっしょにこの秋最後の行楽に出かけた。
とはいっても、小田急線ですぐ近くの向ヶ丘遊園駅で降りたところにある「川崎市立日本民家園」を午前中散策した。東北の村、関東の村、信越の村などと、各ゾーンの移築、保存されている古民家にどこか懐かしさを感じた。
秋田の母の実家はもともと農家であるが、土間や囲炉裏が切ってある居間、離れの便所など、私が子どもの頃はその状態が残ったままの家だったことを思い出した。あの土間で、毎年暮れともなると、おじいちゃんが餅をついてくれたことなど・・・
たぬきそばで満腹にした後は、お隣の生田にある明治大学へと向かった。途中、眼下には、岡本太郎美術館が見えた。専修大学を通り過ぎ、さらに上り下りすると、高台の上から遠方には、新宿の高層ビルが見える。その隣が明治大学だった。
明治大学へ?お目当ては、大学内にある「平和教育登戸研究所資料館」である。
第二次大戦末期の昭和12年、日本陸軍が秘密戦のために兵器や資材を研究、開発した機関だった。
「この建物はどこにあったんですか?」「ここにあったんです」「えっ?」「当時使われていた建物にペンキを塗ったんですよ」「・・・・・・・」
ん、確かによく見てみると、昭和初期の建物だ。そして、各部屋の中には、当時のスパイが使うためにつくった盗撮カメラが内蔵されたカバンやライター、蒋介石の顔が描かれた「拾円」の偽札。細菌兵器の材料を研究していたときのフラスコやビーカー、そして、和紙でつくったという風船爆弾の模型など、戦争の恐ろしさを目の当たりにすることができた。とくに、風船爆弾は、なんと1万個も作り、その内の約1千個がアメリカに到達し、6人が死亡した、と。1万㍍上空の上昇気流を利用して確実に米国に到着する技術を開発していたのだ。
そして、これらの仕事に携わったのは、東大や京大、北大など優秀な学生たちだった、と。
科学技術とその進歩が戦争に利用されることほど人類にとって不幸なことはない。2000万人のアジアの人々の命を奪った戦争の教訓が現在の日本国憲法第9条に引き継がれている。しっかり守らなければ、と強く思った。
昨日の企画は自然に親しみ、戦争と平和を考え、とても良い内容だったと思う。
そして、そして、一日で1万5千歩ぐらいは歩くことができて、「1週間の歩き貯め」をすることができた。
昨日の話でほぼ終わりそうになってしまったが、そんなことでぐっすりと眠ることができ、今朝はスッキリと目が覚めた。
お弁当作りのお手伝いをして駅に向かった。
タクシーが遅々として進まず、私は、ノボリを準備しては車に乗りをくり返し、15分ほどしてやっとスタンバイを終えた。
日大三高や桜美林高校の生徒が気軽に挨拶をしてくれる。ウレシイ。
鵜野森在住の長身のUさんが通った。
相模原在住の小柄なおばさんは、今日もまた憤懣やるかたなしという感じだった。「介護保険料は高いし、娘は母子家庭で収入は少ないから私も働かなきゃいけないけど、もう払えないよ!」「政府は、介護保険料また上げるって言ってたよ」「えっ!どうすりゃいいの!?」と。
・・・と目の前で、自転車を乗っていた年輩の男性と40代の男性がぶつかり、2人とも転倒した。
「なんだ、こらっ!」と、「40代」が「年配」の男性に馬乗りになり、危うい状況になった。
「ちょっと待ってください!」と私は宣伝をやめて間に入った。
すると、「40代」が我に返って、「済みませんでした。ちょっと興奮しちゃって・・・。大丈夫ですか?」と、「年配」の男性を介護したのだ。
私も駅前でケンカ別れの場面は何度も見たことがあるが、今日のように若い人が年配の人に謝って介抱するという光景は初めてだったが、誤りを素直に認めて手をさしのべる、実に爽やかな感じがした。
今朝の宣伝では、北朝鮮による砲撃問題について、私なりの受け止めを話したが、間違ったことをしたことは率直に謝り、話し合いによって友好関係を築くことができないのだろうかと思い、その話をした。
戦争は絶対に繰り返してはならない。
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by ken-tono | 2010-11-24 19:18

沖縄に新風を吹き込んでもらいたい。   

曇り空である。
少しだけ身軽になった私は、支度を済ませ、足取りも軽く駅へと向かった。
今朝の駅前にはあまりたばこの吸い殻が落ちていなかったが、一通り掃除をしてから挨拶を始めた。
本町田のMさんがやってきた。「早いね!?」「はい!」。私もMさんも同じ時間に顔を合わせているのだが、早いと感じるときがあるのかも知れない。
談笑しながらトコトコちゃん姉妹がやってきた。「おはようございます」。お互いに平凡な挨拶だが、なぜかこの月曜日の再会は新鮮である。
バイオリニストの父娘も元気に声をかけてくれた。
T大学生君がいつもより早い時間にやってきた。
「今日は早いですね?」「ええ、試験なんです」「そうですか。がんばってください」「はい・・・」と。
今朝は、沖縄県知事選でイハ洋一さんにがんばってほしい!と訴えた。
大激戦、大猛追と伝えられている。ぜひ勝利をつかみ取ってほしい。
昨日は、沖縄県うるま市で市田書記局長を迎えてイハさんの集会が行われたが、町田にいた私の友人Jさんも去年、家族共々うるま市に転居した。イハさん勝利のためにがんばっていると風の便りに聞こえてきた。
沖縄に新風を吹き込んでもらいたい。
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by ken-tono | 2010-11-22 08:48

「ほれ、こんなに可愛くなって・・・」と   

親子の体は以心伝心なのかどうか?分からないが、続くときはつづくものだと思ったが、長女の方もどうやら落ち着いたようだ。
晩秋から初冬にかけてのポカポカ陽気の日を“小春日和”というのだそうだが、たしかに昨日今日は暖かく、昨日は冬用の背広で役所を回っていたら、けっこう汗を掻いてしまった。
今朝は、スタートが逆になった。
まず、長男が、友達と何やらのイベントに行くと超早い時間に起きて出かけていった。ただし、起こす役の妻と、いつも早起きの長女は普通に起きていて、結局、長男と私が入れ替わる形になった。
私は、のんびりと起きて、ゆっくり朝食を食べ、テレビ、新聞を見てから駅に向かった。
この時間帯ともなるとタクシーが大部並んでいた。
私は、M銀行前を宣伝場所に選び、運良く場所が取れポカポカ陽気の下で宣伝をした。
相模原に住んでいる小柄なおばさんが、朝の一仕事を終えていつもとは逆方法から帰ってきた。
私が一生懸命話している最中だったので、ニコッと笑顔で挨拶をしてくれ、私が、「こんなに市民の生活が大変なときに国保税を値上げするなんてとんでもありません!」と話すと、すかさず「そうだ!!」と合いの手が入った。
TPP問題で、昨日の参院予算委員会で、わが党の市田書記局長が質疑したことを話した。タクシーの運転手さんや信号待ちしているドライバーが耳を傾けてくれていた。
中には、がんばれよと手を振ってくれるご主人もいた。
宣伝を終えて、途中、A理容店に寄ってみた。土曜日だというのに、お客さんはいなく、ご夫婦が椅子に腰掛けていた。
可愛い2人のお孫さんの七五三の写真を見せてくれた。「ほれ、こんなに可愛くなって・・・」と、ジジ・ババ共々(おっと、お孫さんには、お父さん、お母さんと呼ばれているんだったっけ。失礼!)目尻が重力に負けてしまっていた。
お孫さんのお姉ちゃんのMちゃんは、作品発表会で今日は小学校に登校。もうすぐ帰ってくるとソワソワ状態だった。
一方、弟のSくんは、パパ・ママと一緒にスケートの練習に行った、と。
「ん、もしかして将来、スケート選手になるかも?」「だめだめ、リンク丸ごと借りなきゃいけないから」と。(マンザラでも・・)
それにしても、2人ともどうしてこんなに可愛くなったのだろうと自慢げなジジ・ババ(おっと・・・)だった。
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by ken-tono | 2010-11-20 16:01

「そうだよこの問題でがんばってほしいんだよ!」   

3日前の夜食べた物が体に合わなかったらしく、体が悲鳴を上げてしまった。
おそらく風邪だろうと思っていたら、昨日病院で診てもらったら軽い「食あたり」だったのだ。
この2日間、仕事が入っていたが、それ以外はできるだけ休むことにして、朝の宣伝もお休みにした。
お医者さんも「悪い物がスッキリ取れてよかったですね」と言っていただいたが、おかげで少し体重も減り、体が軽くなった。
とういうわけで、今朝は3日ぶりの駅頭宣伝となった。
家を出ると、兎に角、朝陽がまぶしい。
陰影がクッキリとしたしだれ柳の大木。
駐車場の向こうの幼稚園の庭には何種類もの樹木が立ち並び、それぞれの青を醸し出している。
久しぶりの爽快感を味わいながら駅に向かった。
いつも通りの町田駅。
準備を終えて挨拶を始める。
さっそく、クリス夫妻と挨拶を。「ガンバッテマスカ?」「はい!」と。
ちょっとよそ見をして考え事をしていたら、「おはようございます」と、小学校の女性の先生が振り向いて声を掛けてくれた。
Mちゃんも通った。
・・・と、ミニーちゃん母子が目の前に現れた。なんとミニーちゃんはダッコ卒業?なのか、お母さんと一緒に歩いてきたので、すぐに分からなかった。お母さんが、「ほら、バイバイってよ!」と手を引っ張るも、寝ぼけ眼のミニーちゃんはそしらぬ顔で通っていった。
今朝は、柳田法務大臣の発言問題、介護保険制度の重大な問題点などについてマイクで話した。
霞ヶ関勤務のお嬢さんのお母さんが丁寧に挨拶をして通っていった。
バス停に向かう男性が、今日のしんぶん赤旗一面の記事を見て、「そうだよこの問題でがんばってほしいんだよ!」と、「介護保険 弱者ほど冷遇」という見出しに共鳴した。
霞ヶ関勤務のお嬢さん、今朝はとてもいきいきした表情で出かけていった。
妻から突然携帯に電話が入った。駅に着いた長女が具合が悪くなったので、見てくれないか、と。
ちょうど宣伝も終わるときだったので、後片付けをして駅の構内に行ってみると長女が待っていた。
私の車で一旦帰宅し、少し休んだら落ち着いたようで、学校のそばまで送ってあげることにした。
3日振りの朝の駅頭、あわただしい1日の始まりだった。
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by ken-tono | 2010-11-19 11:57

「3年生?」   

昨日も朝の宣伝をしたが、ブログを書く時間がなかった。
昨日も寒かったが、今朝は一段とと冷え込んだ感じがした。
駅でスタンバイしたころ、クリス夫妻がやってきた。「ガンバッテ!」「ありがとう。行ってらっしゃい」「イッテキマス」。最近は、日本人の奥さんも挨拶してくれるようになってきた。
今日は真っ赤なブルゾンを着てきたイギリス人のKさん。一体何着持っているのだろうか?
小学校の先生も声を掛けてくれた。
Mちゃんが着た。私は3本の指を立てて、「3年生?」と聞いてみた。やはり答えは「うん」だった。彼女もまた受験生なのである。
中学校の校長先生は、「寒いのにご苦労さん」と労ってくれた。
沖縄県知事選でイハ候補の応援に行った志位委員長の話、日航の「整理解雇」の話、そして、12月議会の最大の争点である国保税値上げ問題について話した。
霞ヶ関勤務のお嬢さんがやってきた。
T大学生のSさんはマスクをしていた。「寒いですね。ガンバッテ!」とコブシを上げて応援を。笑顔が覗いていた。
最低気温が7度となっていたが、体感気温はもっと低かったと思う。
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by ken-tono | 2010-11-16 09:12