<   2012年 01月 ( 17 )   > この月の画像一覧   

「これはヤバイ!」と急いで支度し外に出た。   

ぐっすり寝れたなと思ったら、あっという間に朝になっていた。
「これはヤバイ!」と急いで支度し外に出た。
団地の5階部分が朝日に照らされ始めていた。
今朝も0度ぐらいの気温だろうか?
キ~ンと冷え切っていた。
車のフロントガラスには氷の結晶が四方八方に幾何学模様を織りなし、私は削るのが勿体なかったので、車を走らせ、暖気で徐々に溶かしていった。
うまくタクシーの後に付けることができ、準備ができた。
ノボリをセットしていたら、M先生がいつもの元気そうな顔でやってきた。
半蔵門勤務のお嬢さんのお母さんに会うのも1週間ぶりだろうか?
なぜかホッとする。
寒いけれども綺麗に澄んだ空気を吸っては吐きすってははきしながら、日本共産党の政策を訴えた。
青シャツのご主人は、私のそばを通りながら、「ん、がんばっているね」というような激励の表情で通っていった。
そして、半蔵門勤務のお嬢さんも、いつものように携帯電話を片手に笑顔でやってきた。
「おはようございます」
私もいつものように声をかけた。
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by ken-tono | 2012-01-31 09:42

しっかりと着込んでから外に出て、正解だった。   

久しぶりに駅に立った。
今朝は一段と寒かった。
着替えるときに、風邪をぶり返さないようにしっかりと着込んでから外に出た。
正解だった。
強い風で空の上の雲はほどんどなくなっていた。
途中、ホットコーヒーを買い求め、グイっと飲み干した。
コーヒーの軌道が食道を通り、胃袋に到達するのがよく分かるほど、駅頭宣伝の前のコーヒーは久しぶりだった。
体調が元に戻った分、体が軽くなった感じがした。
新聞の天気予報欄では、最低気温がマイナス1度とある。
お~っ、寒いなっ!と思いながら、駅に着いた私は、いつものようにたばこの吸い殻をまず掃除してから、みなさんへの挨拶を開始した。
本町田のMさんはすでに出かけた後だった。
クリーム色の丸い車が着いた。
トコトコちゃん姉妹がやってきた。
お姉ちゃんはマスクをしている。やはり、先週来なかったときは風邪だったんだろうな、と思った。
トコトコちゃんは、黒とピンクのスポーツバッグを抱えてきた。
私には、バレー部専用のバッグに見えた。
「おはようございます」「おはようございます」「寒いね!?」「うん」
2人を見送った。
3人兄弟の上のお兄さんがやってきた。
ケイオン部の女子高生も相変わらず元気だった。
バイオリニストのご主人は、奥さんに手を振った後、しっかりと私の方を見て挨拶をしてくれた。
通常国会でのわが党の志位和夫委員長の代表質問の内容をかいつまんで話した。
消費税大増税の問題点は何か?消費税大増税以外に財源を確保するための日本共産党の提案はなにか?を端的に話すようにした。
昨日行われたスポーツのことも話した。
ジャンプW杯サッポロ大会で伊藤大貴選手が2連勝した。3位からの逆転は見ごたえがあった。
大阪国際女子マラソンの方は、2度目という新鋭の重友梨さんが優勝した。
注目された野口みずき選手は直前に故障で欠場だったが、3月の名古屋にむけてがんばるというコメントを新聞で見て、偉いな!と思った。
あきらめずに、がんばる姿を見せてほしい。
それにしても、今朝は半端じゃなく寒すぎる朝だった。
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by ken-tono | 2012-01-30 17:40

心身リフレッシュして、来週からまたがんばります。   

超寒かった25日の朝、M銀行前で、マイ宣伝カーから訴えをしてから風邪をひいてしまい(実際にはもっと前からだと思う)、木曜日の朝から宣伝はお休みにした。
病院で治療を受けたので、熱は下がり、大部良くなってきたが、まだ咳が止まらないので、今週は体を休め、来週からまたがんばりますので、よろしくお願いします。
もっとも国会の方は、24日から始まった。
国民への公約を完全に投げ捨てただけでなく、推進している政治の中身が、アメリカ・大企業言いなりという、自民党政治の濃縮版である。
真正面から対決する日本共産党をしっかりと受け止めて理解していただくことができるよう、駅頭でもしっかりとした話ができるよう頑張りたいと思う。
この機会にと思い、病院からの帰り、本屋で伊集院静氏の新刊「星月夜」という推理小説を購入、楽しく(・・でもないかな?)読ませていただいている。
「風邪を引かないように気をつけて下さい」と、毎朝みなさんに言ってきた私が真っ先に引いていたのではシャレになりませんね。
心身リフレッシュして、来週から町田駅でまたみなさんにお会いできるのを楽しみにしています。
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by ken-tono | 2012-01-28 15:41

遠くに見える丹沢連峰が粉砂糖をかけた洋菓子のように見えた。   

「今夜から明日にかけて雪か」
NHKの昨夕の天気予報だったが、「雪か」が「雪に」に変わった。
何でも、夜半、4㌢まで積もった雪は朝には1㌢に縮まっていた。
朝、窓から外を眺めると、車道のアスファルトの黒がわずかに覗いている。
「おっ、大丈夫じゃない」と思った。
ところが、外に出て、駐車場に行ったらそうはいかなかった。
車が昨夜の冷え込みでガチガチに凍っているではないか。
ドアを開けようにもびくともしない。
なんとか、後ろのハッチバックを開け、後部座席から運転席に潜り込み、エンジンをかけ暖気、内側から鍵を開けたというわけである。
スタッドレスに換えてなかったが、今朝の凍結路面では大丈夫だった。
駅に着き、M銀行前で宣伝カーのマイクで話すことにした。
歩道はガチガチである。
バスから降りたみなさんは、そろりそろりと歩いてきた。
私は、マイクで、「路面が凍結しているので、気をつけてください。つま先で歩くようにした方がいいと思います」とアドバイスした。
今朝のしんぶん赤旗一面トップ記事は、昨日、静岡県浜岡原発の廃炉を求める請願11万人分が、日本共産党国会議員の紹介で、地元住民や労組などによって政府に手渡された内容である。
昨夜、福島沖を震源にした震度5弱の地震があったが、事故を起こした福島第1原発は大丈夫だろうか?と心配になったところだった。
危険性が顕著な原発は早急に廃炉にするのは当然だと思い、その事を話した。
グレーのワゴン車が止まった。
助手席から男性が出てきて、「おはようございます」と丁寧に挨拶をしていただいた。
宣伝をしていたら、市役所建設部の職員の方々が多勢スコップを持ってやってきた。
柔らかい雪なら私も雪かきをしてと思ったが、完全に凍っていたので、今日は本職の職員の皆さんにお任せした。
スコップで雪を掻きながら、溶氷材をまいていたが、そう簡単に雪は溶けそうもなかった。
日大三高や桜美林高校の生徒さんたちがスクールバスの乗り場に向かったと思ったら、また戻って、バスセンターの方に向かっていった。
行きに挨拶をして、また戻ってきたところで2度目の挨拶をした。
「雪の中ご苦労さまです!」と、年配のご婦人が声をかけてくれた。
宣伝を終え、車を走らせると、遠くに見える丹沢連峰が粉砂糖をかけた洋菓子のように見えた。
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by ken-tono | 2012-01-24 09:37

「新星 度胸の攻め」・・・私も全く同感だった。   

昨日は男子の都道府県対抗駅伝大会を始め注目すべきスポーツ大会が行われた。
私が1時間ほど時間を取ってテレビ観戦したのが、卓球の全日本選手権男子決勝戦である。
6連覇を狙う水谷隼選手と挑戦者の高校3年生吉村真晴選手の対決。
内容は、終始、吉村選手が水谷選手を圧倒する果敢な攻撃をして、フルセットの最終盤は逆転で勝利を勝ち取った。
信じられない勝利と現実にほろりと涙が出た吉村選手。一方、水谷選手は、まさかの結果に泣き崩れて立ち上がれない。
先日の女子決勝戦では、福原愛選手が悲願の優勝でうれし涙と、それぞれの涙の裏側には様々な思いがこめられていると思った。
今朝のしんぶん赤旗スポーツ面は、今回の吉村選手の初Vについて、「新星 度胸の攻め」と描いた。
私も全く同感だった。
水谷選手は、昨日の悔しさをバネにして真の日本エースをめざしてがんばってほしい。
勇気ある昨日の試合に励まされ、今日からまたがんばろう!と思った。
未だ暗闇の中、駅に向かった。
駅に着き、ん、今日は暖かいかな?と思ったが、後になって予想は外れることになった。
ややして、本町田のMさんが「ギリギリだよ」と言いながら駆け足でやってきた。珍しい光景である。
トコトコちゃん姉妹も、ぎりぎりの時間にやってきた。
水色の新しいマスコット人形をカバンに付けてきたトコトコちゃん。
「行ってらっしゃい!」と声をかけると、2人が声を合わせて、「行ってきます」と返ってきた。
クリクリちゃんが来たのが私の視線に入った。
「行ってきます」としっかりした口調で挨拶をしてくれた。
「ガシャン!」と大きな物音が聞こえた。
小学生の女の子が置いてあった自転車にぶつかってしまい、転んでしまった。
どうやら手首を強打したようで、涙だが滲んでいた。
「大丈夫?」と声をかけるも、それどころではなく駅に向かっていったが、また戻ってきた。迎えに来たお母さんの車に乗って帰宅したようだった。ん~ん、可愛そうに。
復興めざして、漁民組合を誕生させた岩手県の被災者の方々の意気込みを伝える赤旗の記事を紹介した。
グ~ンと冷え込んできた。
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by ken-tono | 2012-01-23 08:50

「えっ、東京タワーができたとき、お父さん生まれてたの?」「そうだよ」   

やはり昨日は寒かった。
東北のような慣れた寒さではなく、慣れない寒さという感じがする。
昨夜、わが家の子どもたちがテレビで、『ALWAYS三丁目の夕陽』という映画を観ていた。
昭和33年当時の東京下町のある家族と周辺の人々の生活を描いている。
「三丁目の夕陽?」「うん」「お父さんが子どもの頃の話だよ」「えっ、東京タワーができたとき、お父さん生まれてたの?」「そうだよ」
私が4歳の頃の話だから、残念ながら、まだわが家にはテレビはなかった。やってきたのは、たしか、小学校に入った頃だったと思う。
2人は「へぇ・・・」と言っていたが、映画を見終わってどんなことを感じたのだろうか?
感想を聞く前に、私は眠ってしまった。
さて、先日、雪かきで秋田に帰って、Yおじさんと温泉に行くさながら聞いた話を紹介したいと思う。
昔はとにかく雪が多かった、と。戦後間もなく、まだ20代だったおじさんは林業の仕事に就いていた。なんと、電柱の上に腰掛けられたほど雪が深かったという話である。
「きりたんぽ」の発祥について、阿仁マタギだったのか聞いてみた。
おじさんは、「そうだよ」と答えた。
マタギが猟で山にはいるとき、炊いたご飯だけを持っていき、持参した斧の底でご飯をつぶし、たき火で焙る。山で捕った山ウサギやキジの肉で出汁を取って、それにたんぽを入れて食べたのが始まりだったと聞いている、と。
また、山から切り出した秋田杉などの木材の貯木場が川のそばにあって、そこから筏をつくって能代の方まで運んだという話、などなど。
秋田縦貫内陸鉄道の鈍行列車に乗りながら、おじさんの話を聞き、車窓から真っ白になった山里見ていたら、数十年の昔にタイムスリップしたような気持ちになってしまった。
目が覚めた。
今日も雪が降っているようだ。
先に妻が仕事に出た。
長女が起きてきた。
私も朝食を食べ、駅に向かった。
すっかり遅い時間だったが、雪交じりの冷たい雨が降る中、駅に向かう人たちも徐々に増えてきた。
民主党野田政権が進める「税と社会保障の一体改悪」と日本共産党の対案について話をした。
初めてお見かけするご夫婦が挨拶をしてくれた。
そういう方が、他にもいた。
雪になるのか、雨になるのか微妙な感じがした。
外気はかなり冷え込んでいるので、雪になるのでは?と思った。
宣伝を終え、コンビニでコーヒーを購入し、飲んでほっと一息ついた。
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by ken-tono | 2012-01-21 10:56

ん~ん、秋田よりも寒い!   

豪雪の秋田から昨日帰ってきた。
17日の朝、鷹ノ巣駅のホームに降りた私は、駅周辺を一目見回して、今年の雪はただものではないなと感じた。
改札側のホームへ階段を上がり、降りた。
降りたところにいたのは、Mちゃんだった。といっても、町田駅で会うMちゃんではない。
私が小学生の時に図書館の司書をしていた女性である。「ねぇ、すごいでしょ!」と、雪下ろしに来た私に今年の雪は大変だよと話してくれた。
鷹ノ巣駅まで迎えに来てくれたYおじさん(母の弟)の車で実家に帰った。
わが実家がある阿仁に向かうにつれて雪が深くなってきた。
実家に着いた。
家屋の一階部分は屋根から落ちた雪ですっぽりと埋まった状態で、まるで大きなかまくらのようだった。
母が用意していてくれた朝ご飯を食べ、さっそく雪かきを始めた。
高校三年生までは、毎年、父と雪下ろしをしていた私は何とかなるだろうと思っていたが、あまりにも大きな雪の塊に、一体どこから手を付けていいのやら思案あぐねていた。
と、お向かいのSさん家のお嫁さんが、「おじいちゃんを呼んできます」と言って、Sさんを連れてきてくれたのだ。
雪かき名人のSさんの手ほどきで、イマ流の雪かきに挑戦することになった。
屋根の下は3㍍程の積雪である。1㍍ほど掘り下げて、そこを「基盤」として足固めをして、あとは並行に「ダンプ」という大型の橇のようなもので雪かきをする。私たちが子どもの頃は、スコップ1本だったが、便利な道具が開発されたものである。
というわけで、私は、17日と18日の2日間、S師匠の指導の下、すっかり柔になった体に鞭を打って雪かきをすることができた。
奮闘の結果、廻りの雪を片付けることができ、家の中は大部明るくなった。
夜は、隣に住む後輩のYちゃんと一杯。
体の方はクタクタだったが、楽しい一時だった。
そして、母と迎えに来てくれたYおじさんとの3人で、近くの温泉に行き疲れを癒すことができた。
こうして、私は、昨日、3日間の雪かき行脚を終えて東京に戻ってきた。
ほっとしのもつかの間、昨夜から、この東京でも雪が降ったではないか。
今朝も目が覚めたら、雪がぱらついていた。
秋田よりも寒いな、と思った。
スタッドレスに交換しなくても大丈夫な雪だった。
駅に着き、準備を始めた頃には雪も絶好調になってきた。
横殴りの風に乗って、冷たい雪が降り注ぐ。
ん~ん、秋田よりも寒い!
4日ぶりに町田駅頭に立ち、市民のみなさんに挨拶をした。
隣の団地の奥さんがやってきた。「雪が降っているのに、ご苦労さまです」と。お礼をした。
赤い縁のメガネをかけた奥さんもやってきた。「雪だけどさ。出てくれないかっていうから、今日は仕事」と。「お疲れさまです」というと、「風邪引かないでがんばってね」と激励してくれた。
Kさんが、ビラ撒きの応援に駆けつけてくれた。
佐々木智子議員と一緒に交代でマイクを握り、訴えた。
半蔵門勤務のお嬢さんのお母さんが笑顔で挨拶をしてくれた。
M先生が声をかけてくれた。
ますます雪が強くなってきた。
秋田に行っていたときはお天気だったので、余計に東京の雪が冷たく感じた。
半蔵門勤務のお嬢さんも暖かそうな格好でやってきた。
「気をつけてね」と言って見送った。
秋田では、一日中、雪かきをして汗を掻き、体がポカポカだった。
東京では、冷たい雪と風で、体がガタガタだった。
今日からまたがんばっていこうと思った。
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by ken-tono | 2012-01-20 18:09

私が声をかけたのは彼女のランドセルだった。   

目が覚めたけれど、ん~んもう少し寝たいなぁと、30分延長。
朝風呂に入り、今度はバッチリと目が覚めた。
どんよりと曇った空である。
真上には、ぼんやりと霞んだ半月が黄色い光を放っていた。
お隣のご主人が私よりも一足先に駐車場を出発するのが見えた。
今朝もけっこう寒い。
駅に着き、準備をしているところに、本町田のMさんがやってきた。
「今日も冷えるね」「冷えますね!」
たしかに、風がある分だけ、予報よりも1~2度は低いと思った。
なかなかトコトコちゃん家の車が来ないなと思っていたら、ギリギリになって到着したのが見えた。
開いたドアから出てきたのはトコトコちゃん1人。
ダッシュしてきた彼女に、「気をつけてね!」と手を振ると、「はい」とうなづいて駅に入っていった。
「おはようございます」と近くで可愛い声がした。
私の身長の半分ぐらいしかないクリクリちゃんが私の足下を通っていったのが分かった。
私が声をかけたのは彼女のランドセルだった。
シルバーグレイのご主人が通った。
陸前高田市にある津波にやられ休業中だった県立高田病院が、2月1日から仮設のプレハブ病院として再開することを、今朝のしんぶん赤旗が報じた。
手術室や41床のベッドを備えた病院の再開を被災者のみなさんはどれだけ待っていただろうか。
わが党の市田忠義書記局長が被災地の病院の再開問題を国会の質問で取り上げたが、実現して本当に良かったと思う。
さて、今夜、仕事を終えた後、夜行列車で秋田の実家に帰る。
この冬の寒波で大雪が降り、わが家もかまくら状態になっているからだ。
すっかりなまってしまった体に鞭を打って、雪下ろし、雪かきに頑張ってきたいと思う。
東京に戻ってきたときには、体が悲鳴を上げているかもしれないが・・・・。
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by ken-tono | 2012-01-16 09:07

「いやぁ~っ、何年ぶりだろう。この辺も随分変わったねぇ」   

昨日は、午前中、町田日本共産党新春の集いが行われ、これには笠井亮衆院議員が参加された。
民主党が完全に“自民党化”したなかで、ますます日本共産党が出番の情勢になってきたことを笠井衆院議員の国会報告を通じて実感することができた。とくに、朝鮮王朝儀軌の返還に日本共産党が大きな役割を果たし、記念式典に日本の国会議員として唯一招待された笠井亮さんのリアルな話を聞くことができた。日本共産党が近い将来政権に参加するようになったときでも、アジアや世界に信頼される新しい日本の外交が展開できるという確信をつかむことができたと思う。今年にも行われる可能性がある総選挙で、笠井智さんの当選をはじめ、日本共産党が躍進できるよう、新年の気持ちをお互いに固めあうことができたと思う。
この会場に懐かしい人が参加していた。
Iさんだが、かつて町田にあった民間経営を退職し、その後、知人の紹介で中国に行き、中国人向けの日本語の教師を続け、最近、終了して日本に帰国した。
「しばらくいなかったからなぁ。随分、変わったね」と、日本の情勢の変化と日本共産党の奮闘振りに感心していた。
「そのうちに、ゆっくりとお話ししましょう」と言って見送った。
午後は、境川団地で地域のみなさんと一緒に街頭宣伝を行った。
最初の場所で、私が話すと、離れた棟の中からご婦人が出てきて聞いてくれた。
演説が終わると、すぐそばの階段から若い女性が出てきた。
「こんにちは、Kです」「あっ、こんにちは」
すぐにKさんだと気がついた。
「いつも祖母がお世話になっています」と、彼女からは年賀状もいただいていたので、お会いできて嬉しく思った。
また、Eさんは、数年前に病気をして、それ以来、あまり外に出ることがなかったが、昨日は、あれだけ寒かったにもかかわらず、いっしょに外に出て宣伝に参加していただいた。
「いやぁ~っ、何年ぶりだろう。この辺も随分変わったねぇ」と、新しい住宅が増えていてビックリしていた。Eさんは、大部健康状態も回復したので、ご一緒できて本当に良かったと思う。
夜は、知的障害者の親の会「育成会」の新年会に参加した。
私と同じテーブルにいた女性とは初対面だと思っていたら、私が市議会議員1期目の頃、知人の紹介で一度お会いしていたことが分かり、これまた驚いた。
あれから20年の歳月が経っている。
知人のKさんは今どうしているのだろうか?会いたいねという話になった。
このように、昨日は、3人の珍しい人とお会いできて、それぞれ有意義な一時だった。
そして、Eさんが久しぶりに復帰できたことが、何よりの喜びである。
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by ken-tono | 2012-01-15 12:06

「モウ タイヘンデス」   

本当に昨日は寒かった。
そして、今日は、日中5度ほど暖かくなるという予報に期待して外に出た。
しかし、やはり朝方は寒かった。
夜明け前の暗闇に浮かぶぼんやりとした月に、はっきりしないなぁ!と思いながら駅に向かった。
駅に着き、準備をして定位置にたった。
駅周辺の掃除をしている年配の女性がやってきた。いつもはチラシを渡すのだが、今日はなかったため、「今日はありません」とお詫びをしながら挨拶をした。
山岳写真クラブのおじいさんにも同じことを伝え声をかけた。
M先生がやってきた。元気そうだった。
赤いメガネの奥さんがやってきた。
「おめでとうございます」。新年になって初めてお会いした。
「60歳を過ぎたら足が痛くなってきて・・・」と、朝の仕事が終わったら病院に行くと言って、駅に入っていった。
イギリス人のKさんが、今日はバスに乗ってやってきた。
フード付きのダウンコートに毛糸の帽子をかぶり、完全防備だった。
「今日は暖かそうですね?」と話すと、「モウ タイヘンデス」と、昨日、今日の寒さに悲鳴を上げている様子だった。
沖縄普天間基地移転計画先の辺野古の環境影響評価書の内容が分かってきた。
オスプレイという軍用ヘリの飛行によって大変場騒音が生じる。
「沖縄県民がこぞって反対している米軍基地の県内移設を何としてもストップさせましょう!」と訴えた。
半蔵門勤務のお嬢さんも今日はダウンコートで、みなさん、昨日は相当寒かったからだと思った。
秋田はどれだけ寒いのだろうか?
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by ken-tono | 2012-01-13 09:36