<   2013年 01月 ( 19 )   > この月の画像一覧   

「今日はこっち?」   

平井i堅のCD「告白」。
3曲目の「いとしき日々よ ~the repose of souls~」がまたいい。
でも、ハイトーンの彼の声に合わせるのは、朝はちょっときつかった。
まちこう通りを駅に向かうと、途中、「青山学院大学陸上部」のイニシャルが入ったジャンバーを着た大学生2人が歩いていた。
足の故障か何かかな?と思った。
今日は遅く家を出た。
Mデパート前に着くと、乗用車がハザードランプを点けて停車していたが、私が準備をしている間に立ち去った。
「今朝付のしんぶん赤旗日刊紙の紙面を紹介します」と、米ニューヨーク州上院議会で「旧日本軍による従軍慰安婦問題に対する日本政府に謝罪を求める決議」が昨日、全会一致で可決されたことを話した。
また、全日本女子柔道選手15人が、選手に対する暴力問題で監督などの指導者をJOCに告発したが、昨日の全柔連の記者会見では、当事者の園田監督などの辞任は求めず、続投という考えを表明したことについて、やめさせるべきであり、スポーツと暴力、体罰は相容れないことを徹底すべきではないかと訴えた。
そんな話をしていたら、私の方をじぃっと見ている女性がいた。関心があったのだと思う。
車の中から会釈をしてくれた多摩ナンバーの男性がいた。
「今日はこっち?」
WW先生だった。
1台のトラックが止まった。
「おはようございます」と運転席から会釈をしてくれた若い女性。
大田市場から新鮮な青果を運んできたのだ。
早朝から元気に働いている彼女の姿に励まされた。
終わろうという頃になって、ようやく朝日が差してきた。
あっという間に駅前はポカポカになった。
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by ken-tono | 2013-01-31 11:22

完全防寒でやってきたのはイギリス人のKさんだった。   

昨夜は、町田労働基準協会と町田職業協会の賀詞交歓会があり、会派を代表して出席した。
高校生の就職難、労働安全問題などが関係者の皆さんから語られた。
自民党の国会議員や都議会議員からは、「アベノミクス」のPRが中心だったが、国民生活が向上する政策はほとんど語られなかった。
私は、雇用の拡充と中小企業支援という内需拡大こそが必要だとあいさつの中で話した。
今日から松村りょうすけ東京都議会議員予定候補者と一緒に町田駅にたった。
松村りょうすけさん自身駅頭は久しぶりなので、話しがまだこなれていないようだったが、そこは前衆院候補、すぐに勘を取り戻し、エンジン全開になるのも近いと思った。
石原前知事と自公民オール与党によって削られた福祉を取り戻し、都民要求を実現するためには、3人区の町田選挙区で日本共産党の松村りょうすけさんの議席がどうしても必要ですと訴えた。
「がんばって!」と立ち止まって握手をしていく人が何人かいた。
同じ団地に住むGさんがあいさつをしてくれた。
白の毛糸の帽子をかぶり、完全防寒でやってきたのはイギリス人のKさんだった。
相変わらず寒さは苦手のようだ。
町田ろう学校に通う女の子3人に手を振って合図をしたら、うれしそうに何度も振り返って応えてくれた。
半蔵門勤務のお嬢さんとお母さんが笑顔でやってきた。
2人で交代で話すと、あまり寒さを感じることもなく、あっという間に宣伝の時間は終了した。
今日も快晴である。
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by ken-tono | 2013-01-30 09:07

「やっぱり、変わらないのがいいね!」。   

「もう行かないで そばにいて♪・・・」
『Woman“wの悲劇”より』を平井堅が歌う
長男が貸してくれたCDを聴きながら駅に向かった。
昨日の雪、大半は溶けたけれど、日陰の道路はまるでスケートリンクのようだ。
秋田出身とはいえ革靴ではアイスバーンは油断大敵。
駅に着き、まずは吸殻の掃除から開始。
トコトコちゃん姉妹はもう電車の中だった。
バイオリニストのご主人とお嬢さんがマイカーから降りて、ニコリ、にこり。
昨日から通常国会が始まった。
憲法改定などの角は隠しながら、もっぱら危機的な国民生活の打開を表面に出した安倍首相の所信表明演説こそ危険極まりない。
国民の皆さんとともに真正面から安倍政権に挑む日本共産党を語った。
「がんばっているね」と、年配のご主人が声をかけてくれた。
「やっぱり、変わらないのがいいね!」。
私が、選挙が終わった後も駅頭でがんばっているのがいいよと激励してくれた。
クリクリちゃん姉弟が学校指定の長めのオーバーを着てやってきた。
「温かそうだね?」というと、「うん!」と大きな目で私を見ながら応えてくれた。
背の高いご主人が立ち止り話しかけてきた。
「相談したいことがあるけど、オフィスはどこですか?」と。
名刺を渡し、庁舎の会派室を案内した。
「寒いのに共産党はいつもがんばっているね」と、この方にも激励していただいた。
「今度電話しますので、相談に乗ってください」「お待ちしてます」と、ご主人を見送った。
雪が降った昨日より暖かいのかなと思いきや、新聞を見ると1度になっている。
どうりで寒いはずだと思った。
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by ken-tono | 2013-01-29 09:23

「サムイデス!」   

昨日のお昼休み、市役所2階の食堂で昼食を食べようと、空いている席に座った。
合席だったそこにいたのは、10数年前まで事務所のそばにあったK文具店で働いていた女性だった。
懐かしい方と偶然お会いできたので、昼食をとりながら話が弾んだ。
「お店で働いていたこともあって、今でも街中で声をかけられることがあるんですよ」と、80歳になった今でも、毎日のように外に出かけているそうだ。
「お元気で。また来るようなことがありましたら、会派の部屋によってください」と、見送った。
昨日、少し雨が降ったせいで、残った雪がだいぶ溶けた。
駅に着くと、雪はほとんどなかった。
その代り、煙草の吸殻と乾いた泥の埃がたまっていた。
さっそく掃除をした。
3人兄弟の上のお兄さんがやってきた。
新聞に目を通していたら、女性から声がかかった。
企業の受付をしている奥さんだった。
「今日は早いですね」と聞くと、忙しくて大変とのことだった。
イギリス人のKさんが長身の体を丸めながらやってきた。
「寒いですね!?」「サムイデス!」と。
トコトコちゃん姉妹もやってきた。
「寒いね!?」「はい!!」
Kさんとは違ってあまりにも元気がいい返事だったので、実は寒くないんじゃないのかなと思った。
政府と日銀が、物価上昇策の目標を2%に引き上げると声明を出した。
しかし、国民の生活が向上するような賃上げなどの雇用拡充や中小企業支援をやらなければ、景気は良くならないと訴えた。
「1万円の賃上げ実現へ、がんばりましょう!」と訴えた。
クリクリちゃん妹弟も元気にやってきた。
バイオリニストのご主人とお嬢さんたちも、雪がなくなったので、奥さんの車から降りたら、スイスイと駅に入って行った。
このところ、最低気温が1度ずつ上がってきたが、1度って、随分違うものだなと思った。
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by ken-tono | 2013-01-23 09:17

勇気ある高校生の行動に拍手を送りたいと思う。   

朝になってみると、昨日の予想ははずれ、雪ではなく雨だった。
ほっとした。
雨ということもあってか、駅前にタクシーは少なかった。
挨拶をしていたら、渋谷勤務のお兄さんが、「おはようございます!」と元気にやってきた。
アルジェリアで人質になっていた日本人のうち、7人の死亡が確認された。
強い怒りと悲しみを感じた。
政治問題への対抗手段として他国の民間人を人質にし、殺害するという卑劣な行為は断じて認められないと訴えた。
亡くなられた方々にご冥福をお祈りしたい。
大阪市立桜宮高校の入試において、体育科の入試を中止し、普通科で募集するという方針が、市教育委員会から示されたが、誘導したのは橋本市長である。
在校生の中には、橋本市長の説明と方針に納得できないとして、抗議し、撤回を求める記者会見をした生徒が8人いたそうだ。
勇気ある高校生の行動に拍手を送りたいと思う。
教育に市長が介入すべきではなく、現場の教職員や生徒、保護者などがよく話し合って解決の方向を見出すべきではないか。
半蔵門勤務のお嬢さんがやってきた。
Tくんのお父さんもやってきた。
霧雨が降り続いていた。
寒くなってきたので、雪にならなければいいのだが。
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by ken-tono | 2013-01-22 10:02

赤いシューズのご主人は私のスコップに関心があるようだった。   

昨日の「全日本卓球選手権2013」男子決勝で、青森山田高校の丹羽孝希選手(18)が、日本のエース、水谷隼選手に4:3で勝利した。
私も録画で見たが、丹羽選手の果敢な攻撃にくぎ付けになった。
ひじの手術から間もなくの試合復帰で優勝した、女子の福原愛選手の勇姿にも感動したが、日本の卓球も今後楽しみである。
さて、寒いことには変わりはないが、昨日よりも少し寒さが緩んだかな?と思いながら駅に向かった。
出入り口にはまだ雪が積まれたままだった。
私は、少しでも通りやすくと思い、得意の雪かきをしてからあいさつを始めた。
シルバーグレイのご主人が奥さんの車から降りてやってきた。
「おはよう!」「おはようございます。気を付けて・・・」と言うと、「ありがとう」と返事が返ってきた。
赤いシューズのご主人は私のスコップに関心があるようだった。
トコトコちゃん姉妹もやってきた。
「おはよう!」と声をかけると、満面の笑みで返してくれた2人。
クリクリちゃん姉弟は、2人ともマスクをしてきたが、目が大きいのですぐに分かった。
予防のためのマスクのようで、元気に階段を下りて行った。
アルジェリアの事件のこと、阪神淡路大震災、東日本大震災は10数年間のうちに起きていて、防災対策の充実が必要であること、そのためにも原発ゼロは急務であることなどを話した。
今日も、8時近くになるにつれてグ~ンと冷え込んできた。
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by ken-tono | 2013-01-21 09:32

冬の暖かい日差し   

今日の空も快晴だ。
その分寒い。
それにしても昨日は寒かったなと思いだした。
雪道用のシューズから普通の革靴に変えて、軽くなったけれど、滑りやすい。
そろりそろりと駐車場に向かった。
すっかり気に入った鈴木雅之さんの曲を繰り返し聞きながら車を走らせた。
「君は右の路から 僕は左の路 この交差点で さよならするのさ♪・・・」
「路~交差点」という曲のリズミカルなテンポに乗ってあっという間に駅に着いた。
M銀行前はタクシーが長蛇の列だった。
そこをあきらめ、Mデパート前に向かうと、はいどうぞとばかりにいい場所が空いていた。
アルジェリアの人質事件の話、ボーイング787型機のこと、阪神淡路大震災から18年目の話、そして、安倍政権の経済対策の問題点と日本共産党の提案など盛りだくさんの話題で話したが、今朝のテレビの話題と順番が似ているなと思った。
「おはようございます。ご苦労様!」
ん?
後ろを振り向くと、ご存じない同年代の女性が声をかけてくれていた。
「あっ、ありがとうございます」
真っ青な空。
冬の暖かい日差しによって、いつもの超寒い朝とは違い、落ち着いて話をすることができたと思った。
そして、これまたいつもとは違って、ご主人が運転するマイカーから、奥さんと小さいお子さんが降りるという光景があちこちで見られた。
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by ken-tono | 2013-01-19 10:42

「マルキューに一番近い道どこですか?」   

日中は暖かくなってきて雪も溶け始めているが、日陰の部分はまだ残っている。
2日前、市役所の会派室で仕事をしていたら、突然ドンという音がした。
隣りにある市民ホールの高い屋根から地上に設置された建物に大きな雪のたまりが落ちたからだった。
ビルの4,5階位の高さから氷の塊が混じった雪が落ちたら、その衝撃はすごい。
今日、市民ホールを管理している方に伺ったら、喫煙場所を安全なところに移したと話していた。
さて、今朝は、朝ぶろに入って出た段階から昨日よりも寒いなと感じていた。
上着を1枚多く着て出かけたら、予想は的中した。
やはり、寒かった。
プラス1枚のおかげで今朝の駅頭宣伝は大丈夫だった。
「すいません。マルキューに一番近い道どこですか?」
駅に着き、準備をしているところに声がかかった。
「109なら、ここをまっすぐ行って、交番がある2つ目の信号を左に行くといいよ」と教えてあげた。
作業服を着た、まだ10代の少年だった。
仕事の集合場所だったと思う。「ありがとうございます!」と言って、ダッシュしていった。
「おはようございます。この間はどうも・・・」「あっ、どうもありがとうございました」
どんど焼きの公園でお会いした近くの小学校の先生だった。
明らかに、昨日よりも寒くなってくるのが分かった。
めったにないことだが、今朝は、足の指先が痛かったのである。
Tくんのお父さんがやってきた。
ややして、半蔵門勤務のお嬢さんのお母さんの姿が見え、すぐ後をお嬢さんが来た。
「おはようございます」と言っていることはわかったが、あまりの寒さのせいか?お嬢さんの顔はこわばっていて、笑顔になっていなかった。
デッキの上は、風があったためか、氷点下を割っていたのではないだろうか。
ボーイング787型機の故障問題、従軍慰安婦問題で決議案を提出したニューヨーク州議会のこと、阪神淡路大震災のことなどを中心に話をした。
あまりに寒かったので、時間が気になった。
ん、まだ30分あるな、と思た。
そこへ、長男と同級生のお嬢さんがやってきた。
「おはようございます」「あれ、今、大学生だったっけ?」「そうです」と。
部活では長女の後輩だったということも初めて知った。
つかの間の会話で少しホットになり、最後まで頑張ることができた。
それにしても、私にとってはこの冬一番の寒さだった。
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by ken-tono | 2013-01-18 10:44

そうか、あの大地震は、この子たちが生まれたときだったんだ、と思った。   

昨夜の段階で相当冷え込んでいた。
今朝、外に出てみると、案の定路面はガチガチの状態だった。
マイ宣伝カーの全面の窓ガラスの氷を取り除き、駅に向かった。
タクシーを使う人が多いのか、M銀行前に並ぶタクシーはどんどん前に進んでいった。
駅前の歩道の雪はほとんどなかった。
マイ宣伝カーからマイクで訴えた。
今日は、阪神淡路大震災から18年が経った日である。
「みなさんもそうだと思いますが、私も、あの日のことを鮮明に覚えています。テレビを通じて、炎に包まれた神戸の街の光景に背筋が寒くなる思いがしました。
阪神淡路大震災では仮設住宅での孤独死が1000人を超えたそうだ。
地震そのものから命が助かった人でも、その後の避難生活の中で、一人さみしく亡くなっていく高齢者がたくさんいた。
「災害から人の命を守るためにがんばっていきます」と訴えた。
本当に寒い朝だった。
18年前も同じような寒さだったと思う。
日大三高の生徒さんたちが、元気に「おはようございます」と声をかけてくれた。
そうか、あの大地震は、この子たちが生まれたときだったんだ、と思った。
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by ken-tono | 2013-01-17 09:20

振り向くと、トコトコちゃん姉妹の顔が飛び込んできた。   

まだ今日も雪は溶けず、道路はバリバリの状態である。
秋田だったら、積もった新雪の表面が凍って、子どもだったらその上を歩いてもズブズブとぬからず、キツネやウサギなどのように平原を気持ちよく歩くことができたが、都会の雪はそうはいかない。
昨日とはまた別の出入り口に行った。
駅前は、通勤・通学者のみなさんが難なく歩くにはまだそれなりの雪が残っていた。
改めて雪かきをして、歩きやすくした。
夢中になっていたら、「おはようございます」と女性の声がした。
振り向くと、トコトコちゃん姉妹の顔が飛び込んできた。
マスクもせずに元気そうだった。
「気を付けてね」「はい」
2人の笑顔に元気をもらい、またまた雪かきに精を出した。
赤いスニーカーのお兄さんがやってきた。
3人兄弟の上のお兄さんもやってきた。
若い人たちの雇用の確保、賃金の引き上げなど、暮らしの向上につながる経済政策が必要だと訴えた。
路上の雪が少し溶け始めたかなと思ったが、外気がまた寒くなってきた。
この残雪、10日ぐらいは消えそうもないと思った。
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by ken-tono | 2013-01-16 10:34