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「はい、私の方が早く出るので・・・」   

路面が雨で濡れている。
今日、明日と天気が荒れそうだとの予報。
しだれ柳は穏やかだなと思いながら、ふと空を見上げた。
駅に着き、準備をしていると、背中から「おはよう!」と声がかかった。
青シャツのご主人だった。
続いて、日本山岳写真倶楽部のおじいさんがやってきた。
そして、トコトコちゃんのお姉ちゃんが来た。
「2人で来ることはないですか?」と聞いてみた。
「はい、私の方が早く出るので・・・」と。
しばらくしてトコトコちゃんもやってきた。
「おはようございます」「行ってらっしゃい」
いつものあいさつをした。
カナダ人のCさんは、今日は一人だった。
半蔵門勤務のお嬢さんの方はお母さんと一緒。
森野にお住いのUさん夫妻がやってきた。
「これから病院なんです」。
明日5月1日はメーデー、5月3日は憲法記念日なので、それぞれについて日本共産党の政策を話した。
現職の校長先生も、元職の校長先生も町田駅を通る。
知っている方にはあいさつをした。
さて、世界卓球が東京を会場に始まり、毎晩、目が釘付けである。
愛ちゃんが欠場しているものの、やはり注目は女子かな。
ゴールデンウイークの最大の楽しみである。
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by ken-tono | 2014-04-30 09:05

赤旗の記事の力である。   

今日は祝日なのでどうしようかと思ったが、思い切って駅頭宣伝をすることにした。
とはいっても、いつもよりもだいぶ遅めのスタートである。
M銀行前にスタンバイができた。
と、そこへO先生がやってきた。
「終わったの?これから?」
「これからです」
体育の先生だったが、退職後は町田にあるアトリエで絵を教えている。
私もいつかまた絵を描くことを再開したいと思っている。
お休みのせいだろうか、駅前の空気がゆっくりと流れている感じがした。
おのずと話もゆっくりと穏やかに話すことができ、声もよく出た。
通勤、通学者であふれる平日の町田駅とは全く違うと思った。
今朝のしんぶん赤旗のコラム、「潮流」の内容を紹介した。
韓国の修学旅行の高校生を乗せた大型客船が沈没した事件で、乗船した325人の高校生のうち250人が死亡または行方不明になった。
昨日、その高校の2年生の授業が再開されたそうだが、出席したのは修学旅行に行かなかった13人だけ、と。助かった75人は精神的病の治療中だそうだが、問題は、高校生たちの状態を無視した取材攻撃である、と。
先日もテレビで、電車の事故で助かった女性が、「なぜ私だけが?」と苦しんでいる胸の内を語っていたが、マスコミの取材の在り方が深く問われていると思い、そのことを駅頭で話した。
すると、ある年配の女性が立ち止り、うなづきながら私の話を最後まで聞いてくれたのだ。
赤旗の魅力をいろんな形で伝えてゆくことが大事だと思った。
ふと、目線を上にやると、駐車場の管理をしていた男性も少し手と足が止まっている様子だった。
赤旗の記事の力である。
そして、最後には、いつもやってくるおばあさんが、椅子に腰かけて私の話を聞いてくれ、パチパチパチ、と。
お休みの日だったが、思い切って駅まできてよかったと思った。
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by ken-tono | 2014-04-29 09:42

レンガ造りの洋風建造物を見て、わが故郷の阿仁異人館を思い出した。   

暖かくなってきた。
土手のしだれ柳は、たわわな葉を実らせてきた。
駅に向かった。
駅に立つと、何か連休前の空気を感じた。
26日、群馬県の富岡製紙場が世界遺産に登録される見通しになった。
レンガ造りの洋風建造物を見て、わが故郷の阿仁異人館を思い出した。
明治初期、阿仁鉱山の技師として来日していたドイツ人の宿舎として建てられたもので、やはりレンガ造りである。
明治時代、富岡製紙場など生糸の生産工場で働く女子労働者は、長時間労働、低賃金など過酷な労働を強いられていた。
鉱山労働者もそうであった。
戦後、労働基準法の制定などにより、8時間労働や最低賃金制などが確立してきたが、現代の労働者もまた、低賃金、長時間労働、サービス残業、派遣労働など、さまざまな労働環境の悪化を強いられている。
「賃上げ、労働環境の抜本改善を求めて、ともに頑張っていきたい」と訴えた。
クリクリちゃんのお姉ちゃん、弟くんが、お母さんの車から降りてダッシュしてきた。
南大谷のSさんは、送ってくれた奥さんの車を見えなくなるまで見送ってから駅に入って行った。
知人の床屋の奥さんがやってきた。
南大谷のYさんが立ち止った。
くじら山開発の動きが大詰めを迎えているようだ。
目が離せない。
空を見上げると、だんだん曇ってきた。
明日は晴れてくれるといいのだが。
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by ken-tono | 2014-04-28 09:04

「助かります」。   

4月22日から24日まで、党市議団5人で東北被災地を訪問し、支援活動に参加してきた。
22,23日は、宮城県石巻市。23,24日は、岩手県陸前高田市に行った。
両市とも復興のための「かさ上げ」工事が行われていた。
とくに、陸前高田市については、山を削った土砂を巨大なベルトコンベアーで沿岸部に運ぶ作業が行われていたが、トラックで運ぶ時間の10分の1で済むということで、全国から視察が多いとのことだった。
戸羽市長に会い、救援募金を手渡し、懇談し、市内を視察することができた。
基盤整備はスピーディにできても、土地区画整理の仮換地指定の手続きなどで全国に離散した地権者の同意をもらいに出かけなければならず、大変な時間を要すると話していた。
実態に見合った復興のための特別立法の制定を国に求めているという説明を聞き、なるほど、被災者の気持ちに沿った対応が必要だと思った。
また、昨日は、仮設住宅の方々にお米を届けることができ、災害復興住宅のことなど様々な要望をお聞きすることができた。
「助かります」。
帰る私たちの車に何度も手を振ってくれた。
現地の共産党市議団は、石巻でも陸前高田でも、被災者の方々に情報を提供し、役立つために頑張っていた。

3日間の行程で少し疲れたが、今朝はいつも通り駅に出た。
寒さはだいぶ緩んできた感じがする。
青シャツのご主人がやってきた。
チラシを渡した。
「がんばるね。これが大事」と。
トコトコちゃんのお姉ちゃんがやってきた。
「一本あと?」「えっ?・・・」「妹さん?」「はい、一本あとのバスです」
カナダ人のC夫妻もやってきた。
トコトコちゃんがマスクをしてやってきた。
「花粉症?」「いえ、風邪です」
町田聾学校の女子生徒2人が手話をしながらやってきた。
「おはよう!」と口を大きく開けて話すと、2人ともニコリと。
日米首脳会談が行われたが、アメリカ言いなりと安倍首相の危険性露呈の会談だった。
日米同盟、TPP、集団的自衛権、靖国参拝など、どれもこれも国民の願いとは相反する内容である。
日本の農業、平和を守りましょうと訴えた。
藤沢勤務のお嬢さんは、いつものように携帯で会話をしながら私にあいさつをしてくれた。
被災地の方が幾分寒かったが、東京もそんなに変わらないと思った。
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by ken-tono | 2014-04-25 09:48

「雨なのにがんばってますね」   

今日は寒いかなと思ったら、やはり寒かった。
しかも雨だった。
急いで支度を済ませ、あいさつを始めた。
青シャツのご主人が「ご苦労さん」とまず声をかけてくれた。
トコトコちゃんのお姉ちゃんがやってきた。
「おはようごいざいます。いってらっしゃい」と見送った。
15分後、トコトコちゃんがやってきた。
「寒いね」「寒いですね」と。
旭町のOさんがやってきた。
「雨なのにがんばってますね」と。
Tくんのお父さん、好きなテニスをやって転んだのか、左腕を包帯でつっていた。
骨折かも?と思った。
今朝の赤旗で、正規と非正規雇用では、生涯賃金が1億円以上も違うという試算が出ていた。
労働者派遣法改悪を許さないために大いに訴えた。
半蔵門勤務のお嬢さんは、今日もお母さんと一緒にやってきた。
雨がデッキの中央まで降り注いできた。
そして、いつになく寒い朝だった。
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by ken-tono | 2014-04-21 08:30

「体に気を付けてがんばって下さい」   

今日は、午前中、Kさんと中町の地域まわりをしたため、お昼(カレーライス)を食べた後、M銀行前で宣伝をした。
もう、いつもとは全く違う人たちが歩いている。
それでも何人かの方が会釈をしてくれた。
その中で、おじいさんが立ち止って私の話を聞いてくれた。
ちょうど、集団的自衛権の問題を話していた時である。
宣伝を終えると、おじいさんが私のところにやってきて、感想を述べていただいた。
「集団的自衛権の行使」と言っても、多くの人は何の事だかわからないと思う。でも、あなたの話を聞いて、ああいう話方ならわかりやすいと思いましたよ」と。
そうか、お褒めの言葉はいただいたが、もっともっとわかりやすく話ができるように努力しなければいけないのだなと思った。
そのおじいさん、「体に気を付けてがんばって下さい」と私に言って駅を離れて行った。
81歳の方だった。
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by ken-tono | 2014-04-19 19:18

「今日は別々?」「はい、金曜日は別々です」   

今日は雨になると、朝の天気予報が告げていた。
早く外に出たせいか、、まだ雨は落ちてこない。
しだれ柳の枝だがかすかに動いている。
駅に向かった。
途中、ウインドブレーカーを着た青学大のランナーたちが次々と鎌倉街道に出てきた。
駅に着き、タクシーが前に進むのを待っていた。
と、そこへ、イギリス人のKさんが信号を渡ろうとしていて、私に気が付き、笑顔で会釈。
私はウインドーを開けて、「おはようございます!」とあいさつをした。
彼はどうやら休日で早朝からやっているスーパーに買い物だったようだ。
青シャツのご主人がやってきた。
「がんばっているね」。
日本山岳写真倶楽部のおじいさんもやってきた。
トコトコちゃんのお姉ちゃんが今日も一人でやってきた。
「あとから来るの?」と聞くと、「はい」と笑って答えてくれた。
トコトコちゃんが10分ぐらいしてやってきた。
ゆったりと歩いている。
「今日は別々?」「はい、金曜日は別々です」と。
半蔵門勤務のお嬢さんがお母さんと一緒にやってきた。
お母さんは小走りで、なにやらお嬢さんに一言言って先に駅に向かっていった。
韓国で修学旅行中の高校生を乗せた客船が沈没した。
300名近い乗客がいまだ行方不明になっているらしい。
早く救出されることを願っていると話した。
やや雨が強くなってきた。
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by ken-tono | 2014-04-18 09:07

「写真を撮らせてください。私のフェイスブックに載せたいので・・・」   

遅く出た。
外はすっかり明るくなっている。
八重桜の花が、まるで果実のように重そうに咲いている。
駅に着き、M銀行前にスタンバイした。
すぐに、渡場さとし市議もやってきた。
今日は久しぶりに2人で宣伝をした。
旭町に住んでいるOさんがデッキの階段から降りてきた。
「おはよございます」。お互いにあいさつを交わした。
「写真を撮らせてください。私のフェイスブックに載せたいので・・・」
さっそく宣伝を始めたところをパシリ、と。
「ありがとうございました。がんばって・・・」と言ってOさんは駅に向かっていった。
サングラスのおじいさんが朝の散歩でやってきた。
「自民公明、…民主もダメだな。共産党にがんばってほしい!」とズバリ。
消費税増税、労働者派遣法改悪など、日本共産党と国民の皆さんとの共同行動を呼びかけた。
若いご夫婦があいさつをしてくれた。
今回の選挙で初めて共産党の候補者(私)に1票を投じてくれたのではないか?と思った。
期待を裏切らないよう、しっかりとがんばっていきたいと思う。
今日は日中、25度ぐらいまで気温が上がるらしい。
朝から暖かい。
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by ken-tono | 2014-04-17 09:30

ツーリング用自転車をこぐS先生がが現れた。   

昨日、いつに比べて月が赤いと思ったが、やはりそうだったようだ。
昨日よりも暖かい朝だった。
しだれ柳の枝葉は下にたれたままでほとんど風はない。
鎌倉街道に出ると、ツーリング用自転車をこぐS先生が現れた。
郵便局の前に来たあたりで、企業の陸上部の女性ランナーが駅の方に向かっていった。
森野3丁目交差点に来たところで、青学大陸上部のランナーが反対側から走ってきた。
彼は東北被災地出身のランナーである。
駅に着いた。
掃除を終えて準備を終えた。
軽ワゴンが止まり、シルバーグレのご主人が降りた。
「おはよう!」と私に一声かけて駅の階段を下りて行った。
バイオリニストのご主人の娘さんがやってきた。
彼女も花粉症らしくマスク姿だった。
労働者派遣法改悪に反対する共同行動を呼びかけた志位委員長の話を紹介した。
駅の構内に行き、「求人案内」のパンフレットをもらってきて、それを示しながら訴えた。
クリクリちゃん姉妹もやってきた。
中町に住んでいるIさんには、一昨日、Oさん宅前であったが、今朝もまたお会いできた。
暖かい春に向けて一皮むけた感がある。
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by ken-tono | 2014-04-16 14:52

「はい。お姉ちゃんから電話がありました」と笑顔で。   

ヒンヤリとした朝の空気に深呼吸をして駐車場に向かった。
サッカー練習場の木立の隙間から朝日がまぶしい光をのぞかせていた。
途中、130円の缶コーヒーを買った。
駅に着くと、M銀行前はタクシーが並んでいた。
最後尾に着けて、新聞に目を通しながら順番を待った。
と、タクシーの運転手さんが、一台前に譲ってくれたのだ。
「ありがとうございます」とお礼をした。
時間がたってしまった。
スタンバイを終えたころ、いつもより15分ほど早くトコトコちゃんのお姉ちゃんがやってきた。
「あれっ、今日は?」
「妹は次のバスできます」と。
軽く手を振って見送った。
しばらくしてトコトコちゃんがやってきた。
「さっき、お姉さんと会いましたよ」
「はい。お姉ちゃんから電話がありました」と笑顔で。
ん、なんという姉妹の連係プレイ?と驚いた。
カナダ人のC夫妻もやってきた。
珍しくサングラスをかけていなかった。
安倍政権の「雇用改革」の危険な内容を告発し、「がんばっていきましょう!」と訴えた。
半蔵門勤務のお嬢さん、今日は一人である。
ちょっと疲れている様子だった。
そろそろ宣伝を終えようかと思ったとき、目があった奥さんが立ち止った。
「がんばって下さいね」「はい」
「殿村さん、秋田なんですよね」「はい」
「わたしも秋田の土崎に疎開してました」「空襲で大変だったでしょう?」「そうだったんです。田んぼの方に逃げて、防空壕に入って・・・」と。
安の滝の写真が入った私の名刺を手渡した。
だいぶ暖かくなってきた。
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by ken-tono | 2014-04-15 09:12