2011年 11月 04日 ( 1 )   

『雲の遙か』・・・心を打たれる曲である。   

早く目が覚めたので、支度をして外に出た。
夜明け前のしだれ柳は未だ眠っているかのようだ。
駅に着き、準備をして、駅を往来する人たちに挨拶を始めた。
M先生が来た。
これまでの洋装とは違い、すっかり暖かそうである。
私の方が先に「おはようございます」と声をかけた。
「お疲れさま!」と返事が返ってきた。
風がない分、まだジャンバーなしでも平気だったが、ん、寒いなと思った。
藤沢勤務のお嬢さんは、珍しく1時間以上も早くやってきた。
「早いね!」と声を掛けたかったのだが、あまりにも大勢の人たちと一緒に歩いていたので声をかけることが出来なかった。
昨日会ったばかりのカナダ人のCさんと奥さんがやってきた。
半蔵門勤務のお嬢さんのお母さんが、優しい表情で私の方を見ながら会釈をして駅に向かっていった。
森野の事務所のご近所にお住まいという年配のご主人がやってきた。
「早いね!」「はい・・・」と。
そういえば、昨日、森野3丁目町内会主催の敬老会におじゃました。
ご高齢の方々がしっかりと役員を務めていたり、おでんやポテトサラダなど手作りのおかずがテーブルに並ぶなど、高齢者の方々に対する心遣いもしっかりしているなと感心した。
半蔵門勤務のお嬢さんもニコニコしながらやってきた。
彼女も暖かそうな服装だった。
森野の敬老会でのY都議の話によれば、一昨日、町田商工会議所の方々が宮城県の石巻市に支援に出かけたということだった。
先月も石巻市から運んできたサンマの提供が行われたが、このように連携した支援はとても良いと思う。
わが日本共産党町田地区委員会のメンバーも、今朝、石巻市への支援に向かった。
そういえば、私は、たまたま今日のテレビを見て、被災地・気仙沼市でアーチストとしてがんばっている熊谷育美さんを初めて知った。
そして、すっかりファンになった。
3月11日の大震災を彼女も気仙沼で受けた、と。
その直前にレコーディングした『雲の遙か』という自作の曲。
あくまで生まれ育った故郷・気仙沼にこだわって、住み続けながらプロのシンガーソングライターとして活動している。初めて上京したときは、1年で気仙沼に帰ってしまったとか。
いま、被災地の復興を願い、“紅白”を目標にアーチストとしてがんばる熊谷育美さんを応援していきたいなと思った。
『雲の遙か』
心を打たれる曲である。
さっそく、CDを注文した。
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by ken-tono | 2011-11-04 17:54