山桜と風景画   

とにかく急に寒くなった。まるで2月ごろのようダ。スッカリ桜が咲き始めているというのに、チョッと寒すぎる。教育センターの桜、市役所の桜、・・・・・、で、国際版画館・芹ケ谷公園の桜。どれもそれぞれの建物や景色のシルエットにマッチして、ん~~ん、なかなかきれいダ。それにしても、寒かった。わが故郷、秋田は大雪が降ったそうダ。桜前線はマダ一ヶ月も先のことだと思うが、私は、秋田で桜というと、山桜を思い出す。小中学生のころ、学校から帰ると遊び場は山だった。私は、絵を描くのが好きだったので、近所の友達と一緒にヨク裏山に登ってスケッチに行ったものだった。山の斜面地の切り株に腰を掛けて、向こう側に見える風景を描くのが定番だった。そうすると、景色の中に必ず見えるのが山桜の木だった。人里に咲いている見栄えのするソメイヨシノなどと違って、あっさりしているが何か自然のたくましさを感じる。今だったら、子供たちだけで山に遊びにいったら、タチマチ、防災無線で放送されてしまう。が、当時、今から40年ぐらい前には、ほとんど事故も起きなかった。なぜかというと、高学年の子供が、低学年の子供の面倒を見て、写生に夢中になって山が薄暗くなっても、あわてずに、学年が上の子は下の子の手を引いたり、オンブしたりして、全員で家まで帰ったものだったからダ。その頃のことは今でも忘れない。マサトくん、ポンちゃん、ノリコちゃん、マッコちゃん、ヨシキ、ジュンちゃん・・・、そしてマッちゃん。私の幼友達ダ。山桜が見える風景を水彩絵の具で写生したこと、みんな覚えてるかナア。
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# by ken-tono | 2006-03-30 22:56

O局長サン、ご苦労様でした。ありがとうございました。   

なんとか起きて駅に出た。6時過ぎ、白のクラウンの助手席に乗った奥さんが窓を開けて手を振りながら「ガンバッテ~ッ!」と、まず声を掛けてくれた。「アッ、アッ、ど~もアッ、ありがとうございます!」と、久しぶりに大きな声で返事をした。と、早い時間帯はソ~でもなかったのだが、7時を過ぎてマイクを持ち、話し始める頃になったら、風が吹き寒くなってきた。体感温度もスッカリ鈍くなってしまったが、5度ぐらいってとこかナア。そのあとすぐ、Nさんがやってきた。「この間の鉛筆ど~だったかナア?」。「アッ、喜んでましたヨッ!」。Nさんから中学に入る息子に鉛筆をお祝いにいただいてたのダ。Nさん、ニッコリ。それにしても、Nさん、昨夜はチト飲みすぎたんじゃないかかナ。お疲れの様子だったが、久しぶりに会えてよかった。で、今日は3月議会最後の本会議だった。高嶋均議員と佐々木智子議員が、わが党市議団から質問に立った。新庁舎問題や30人学級、介護保険の問題などに、石阪市長は、「教育長が言ったとおり」とか「担当部長が答えます」とか言って、マトモに答弁することはなかった。が、それぞれ、助役、部長から重要な答弁を引き出すことができた。(「新元気出せ商店街補助」の要件改善の方向、小中学校の新しい机・いす配備再開など)
3月31日で、牧田助役、加島助役をはじめ数名の部長が退職するため、議場で挨拶があった。立場が違った人もいたけれど、お疲れさまと、全員に拍手した。とくに、議会事務局のO局長サンには、一から勉強して議会事務局で頑張ってこられた姿を知っているだけに、ご苦労様でした、ありがとうございました、とお伝えしたい。
今日一日の日本列島の嵐のような天候が何か今後の町田市議会を予想しているかのようだった。こういうときこそ、市民の立場にシッカリと立って頑張らなければならない、と思う。
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# by ken-tono | 2006-03-30 00:43

銭湯とお好み焼き   

一般質問2日目。わが日本共産党市議団からは、佐藤洋子議員と細野龍子議員が登壇した。廃プラスティック中間処理施設問題での佐藤議員の質問に、石阪市長は、初めて「白紙撤回」を表明した。一方、細野議員の質問に、山田教育長は、「小学校の給食の民間委託化」を進めるという重大な答弁をした。石阪市長には都合の悪いことは語らせないようにしながら、石阪市政がめざす、市民犠牲の方向に向かっていることは確かダ。「税金は、新庁舎ではなく市民生活優先の市政」を実現するシッカリとした立場に立って、心して立ち向かわなければならない。さて、休憩時間にトイレにいったのだが、窓の外に目をやったら、市役所の隣にある町田第1小学校の校庭にある桜が咲き始めているのが見えた。その向こうには、中町や森野のマンションがビッシリとうずまっている。10年前にはなかった光景だ。かろうじて、遠方には丹沢連峰が幾何学的なコントラストを織り成している。ん~~ん??ソ~いえば、2月の選挙の前まで、桜の木の向こうに、銭湯の高い煙突が見えてたっけ。だが、いまはもうない。戦後数十年にわたって多くの町田市民の体を温め、汗とアカをながし、愛され続けてきた2ケ所の銭湯が去年の暮れに廃業になったのダ。地域のコミュニティセンターとして頑張ってきた銭湯には私も特に独身の頃はお世話になった。不思議なもので、銭湯だと毎日必ず入りにいったものだ。今から30年も前、秋田の高校を卒業して、大学進学のため予備校で勉強するために京都に行った私は、夜は、ホテルの中華料理店の洗い場でアルバイトをした。バイトが終わって、急いで銭湯に行き、必ず立ち寄るのがお好み焼き屋だった。東北育ちの私は、関西弁自体が驚きだったことやお好み焼きも生まれて初めて食べてスッカリはまっていたのダ。ちょっと辛めのソースの上にマヨネーズがかかったお好み焼きなんて食べたことがなかったのダ。銭湯の話を書きながら、なぜか思い出は京都のお好み焼きにスライドしてしまった。思い出深い京都時代の話は、またとしよう。
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# by ken-tono | 2006-03-28 22:46

65回目の初質問   

フ~~ッ!!改選後初めての一般質問を今日終えた。35歳で初めて市議会議員になってから、17年目の第1回目の質問。私にとっては、連続65回目ダ。石阪丈一市長へのそれこそ初めての一般質問だっただけに、とびきり緊張した。「新庁舎建設よりも市民生活優先の市政をー市長の政治姿勢を問う」という、日本共産党市議団を代表した内容の質問を行った。そして、石阪市長自身がかかわったとされる「政治資金パーティー疑惑」の問題もただした。私の15分間の壇上での質問に、市長は、「政治資金パーティー問題は、全員協議会で答えたとおり」「新庁舎建設、廃プラ処理施設問題などは、施政方針を読んでもらえば分かる」と実にゾンザイな答弁をした。「市民に信頼される市政実現を」と施政方針で強調しておきながら、議会の一般質問で、こんなに不誠実な答弁をした市長は初めてダ。早くも、「市民との信頼」の看板は崩れ落ちてしまったといっていいのではないか。しかし、こんなお粗末な答弁の中でも、石阪市長は、「政治資金パーティー問題」で重大な答弁をした。政治資金規正法第2条9項の1と2に抵触する可能性が大きい今回の問題である。つまり、「公務員の地位」を利用して、パーティーへの参加や個人献金を求めることが禁じられているが、今回の一連の行為はコレに抵触している可能性が高いという、横浜市職員の指摘に驚き、告示日の後日、あわてて献金を返金したというもの。ちなみに、政規法第2条9項の2とは、「何人も地方公務員に対して、公務員の地位利用による行為を求めてはならない」という趣旨ダ。石阪市長は、私の質問に、パーティーの案内状の作成について、「最後は私が確認した。」と、14人の横浜市幹部職員が発起人となった「政治資金パーティー」に関与したことを、町田市議会の場で初めて認めたのダ。石阪市長自身は、この問題でまったく反省の色がないばかりか、市民の皆さんに真実を語ろうという姿勢も見られなかった。私は、引き続きこの問題で真相究明に取り組んでいきたい。「市民に信頼される市政実現」のために!
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# by ken-tono | 2006-03-27 22:21

『K点を越えて』   

明日の質問の準備の残りをすませた後、夕方から、本町田中学校吹奏楽部の定期演奏会に行った。会場のひなた村・カリヨンホールは一杯の参加者だった。1部から3部までプログラムが組まれていた。3年生の卒業生も5人のうち4人が演奏に加わった。まさに、本中吹奏楽部最後の演奏会なのダ。わが長女は、フルートのパートだ。約20人ぐらいの在校生と卒業生を含めて、総勢50人を超える楽団。パワーあふれる卒業生の演奏に、わが長女など在校生が引っ張られる形で、なかなか迫力ある演奏だった。「美女と野獣」「鉄腕アトム」「ドリフずっこけ大集合!!」「コカパカーナ」「A列車で行こう」など、など。休憩時間に、顧問のT先生のエレキギターの演奏のあと、卒業生のサックス、パーカッションによるセッションが行われた。ん~~ん、最高ダ!曲目が終わりに近づくと、50人の楽団は、ますます集中力を発揮してすばらしかった。T先生曰く、「指揮棒を一振りして、すごい音に驚いた!」と。実は、吹奏楽部の卒業生の中に、去年、事件で亡くなった女子高生・Kさんがいたのダ。去年の定期演奏会には、Kさんも卒業生の一人としてでていたのダ。T先生が語った。「こういうときには、多くの言葉はいりません」と言いながら、「最後の曲には、マーチがふさわしい。『K点を越えて』という曲です。ジャンプのK点は、人間の努力で長くなってきました。・・。」と。『K点を越えて』。ん。これは、亡くなられた卒業生のKさんに贈る曲だったんだと思った。在校生も、卒業生も一体になって、Kさんのために一生懸命演奏した。「今まで聴いたことのないすごい音が出た!」とT先生に言わしめたのダ。私も、自然と涙が出た。演奏会は万雷の拍手で包まれて終わった。楽器の搬送のお手伝いをした。帰りがけ、今年の卒業生の女の子が、「頑張ってください!」と声を掛けてくれた。私が、市議会議員ということを知っているからだと思った。私は、「ありがとう!でも、みんなこれからも元気で頑張るんだヨ!」と返事した。「ハイ!!」と。「Kさん、どうしてるっ。私たちも頑張るからねっ。見守っててねっ!」といっているような気がした。すばらしい本町田中学校吹奏楽部の定期演奏会だった。そして、T先生、本当にお疲れ様でした。
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# by ken-tono | 2006-03-26 22:33

「ん~~ん。ウマカッタ。明日もヨロシク!」   

今日は一日、27日・月曜日の私の一般質問の原稿の準備に当てた。持てる力を発揮して全力で頑張るしかない!
さて今朝は、中学生の長女にお願いされて「お弁当」を作ってあげた。んん?お弁当??イヤ~実は、私は、料理が大好きなのダ。だから、おねえちゃんの弁当作りもお手の物。それも、これも独身生活が長かったからかナア?今日のおねえちゃんの弁当のメニューはというと、メインディッシュは、秋田から送られてきた塩ジャケだ。東京のスパーで買うどんな鮭よりも数段ウマイ。弁当のご飯の中にのりをサンドして、焼きたての鮭をたっぷり乗せて、周りの白いご飯の上に、Mさんからいただいたカツブシと松の実が入った手作りの佃煮をちりばめた。もうコレだけでも十分にうまい!で、オカズはというと、これまたWさんからいただいた山梨産のニラと白ネギに、この間買う羽目になってしまった町田産の卵で、ニラ卵(にらたま)をつくってあげた。それと、これまた買う羽目になった町田産のブロッコリーを塩ゆでした。で、最後に、どこ産だか分からないアスパラガスをベーコンでまいて、塩コショーに小麦粉をまぶして、オリーブオイルでソテーした。ず~~っと、朝の駅頭宣伝でほとんどつくってあげられなかったので、私がつくったのは半年振りかナ。帰って妻から聞いてみたら、「ん~~ん。ウマカッタ。明日もヨロシク!」だって。ソ~思って、帰りにスーパーに寄り、豚のひき肉を買ってきた。おねえちゃん、明日のお弁当楽しみにしててネ!
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# by ken-tono | 2006-03-25 23:47

Aくん「今日もガンバレヨ!」   

「お~~っ!どうしたんダ?!」。6時半のオジサンが20分ごろ突如として現れた。久しぶりの駅頭での出会いに、オジサン、最初はビックリしたようだけど、「お~っ!今日もいたか!!」という感じになった。能代出身のオジサンまで、「今日は、ナンだっけ?!」ときた。・・・だよナ。でも、みんな、「アッ!おはようございます!」と元気に声を掛けてくれた。「先週は、カゼをひいて、お腹をこわしちゃったもんだから、サ」なんて、言い訳してる間もないもんだから、「どうも!おはようございます!いってらっしゃい!!」と、私もニコリが精一杯ダ。両国勤務のお嬢さんも相変わらずニコッっと。新橋・浜町勤務のお嬢さんは、聞いていたイアホーンをはずし、「おはようございます」と笑ってくれた。7時からは、佐々木議員と交代でマイクデ訴えた。「文科省の談合疑惑が明らかになりました。今朝のしんぶん『赤旗』によると・・」と。そして、「官僚の天下りをっ禁止させるためがんばります!」と訴えた。この声が聞こえたのか、午前中の本会議では、わが日本共産党市議団が提出した「防衛施設庁談合疑惑の徹底究明と天下り禁止を求める意見書」が、共産、民主・社ネ、公明の全員と新世紀自民、自民の一部の賛成多数で、なんと可決されたのダ!ん~~ん。日本共産党市議団、最新のヒットだ!
・・と、舞台は再び、朝の町田駅頭西口デッキの上へ。ん~~ん。こないかナア、と思ってたところへ7時50分ごろ彼がやってきた。町田聾唖(ろうあ)学校に通うAくん(仮名)ダ。スッカリ私を慕ってくれているAくん。補聴器を耳に当てたAくんは、私に近寄るなり、「オハヨウゴザイマス!」と、音はまったく聞き取れないけれど、ハッキリと口を開けて挨拶をしてくれた。、飛び跳ねるようにバス停に向かっていった。私は、Aくんに、「今日もガンバレヨ!」と大きく口を開けて答えた。「ウン、ウン」とAくんは、首を縦に2回傾けて、野津田車庫行きのバス停へと消えていった。
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# by ken-tono | 2006-03-24 22:12

息子へ「送る言葉」   

長男の小学校の卒業式だった。もちろん保護者の一人だが、いつもどおり私は、市議会議員・とのむら健一として息子の学校の式に出席した。10時5分前、着席。99人の卒業生が担任の先生に率いられて入場してきた。6年1組。オ~ッ、来た、来た!きた!!やはり、我が息子に目がいってしまう。ん~~ん。私は、保護者としてではなく、市議会議員として来ているんダ。んん??なにカッコつけてんダ!と。でも、ホ~ッ!ブレザーを着た息子の姿を見てひと安心というわけダ。「国歌斉唱」は、私自身の信念で、いつもどおり着席したまま歌わなかった。で、99人の卒業証書の授与が行われた。一人ひとりの姿をシッカリと見ていたつもりでも、つい、またまた市議会議員を忘れて、我が息子に注目してしまった。ん~~ん。小さくて細い身体で6年間良く頑張ったよナア。校長先生から証書をもらう息子を見たとたん、スローモーションのように蘇ってきた。小学校に入学したとき、校門で写真を取ってあげようとしたら、照れて、イヤダといって抵抗したこと。理数系が苦手で、特に算数には、てこずっていた。ところが、6年生の夏休み、担任の先生の特訓を受けてから、ど~したわけだか、初めて算数のテストで90点をとってきたのダ。本人も、先生も、私たち親も率直にうれしかった。とにかく、本人が頑張ったのダ。親にはなかなか言わないのだが、共産党の議員の息子ということだけで、卒業するまでいじめれることがあったようダ。つらい思いをさせて、申し訳なかったナア!と思っている。・・でも、この息子が、今回の市長市議選の時には、本当によくがんばってくれたのダ。私が、毎朝の駅頭宣伝をこなすことができたのも、息子の力が大きかった。クタクタになって、仕掛けた目覚まし時計に私が気づかないとき、というよりは、ほぼ毎日、私を起こしてくれたのは、6年生の息子だったのだ。「お父さん。時間だヨ!!」と、やさしく、私の肩をたたいてくれた。何度寝過ごしそうになった私が助けられたことだろうか。学年で最も体が小さかった。でも、無意識にではあったかもしれないが、2~3ヶ月もの間、毎日私を起こしてくれた。私は、今回の当選の影の最大の功労者は、わが息子だと、誇りに思っている。本当にありがとう!学校で配られた文集に、卒業生一人ひとりの「希望の言葉」が一行ずつ記してあった。「ぼくは中学校にいったら剣道部に入りたいです。最初は苦労するけれどがんばりたい」と。ん~~ん。「苦労するけれど・・」か。すっかり、保護者になりきってしまっていたのダ。式次第は、アッという間に「門出の言葉」に入り、次々と小学校6年生のボーイソプラノが響き渡る合唱になった。よく歌われる「巣立ちの歌」が始まった。「巣立ちゆく 今日の別れ いざさらば さらば先生~♪♪」。ん~~ん。ググッとくるナア!もう女の子はかなりすすり泣いている。「いざさらば さらば友よ~♪♪」。ん~~ん。「輝かしい明日の日のため~♪♪」。・・・もう私も、涙を抑えることができなかった。歌が終わり、閉式の言葉が終わって、最後の引率にあたった担任のT先生の目も真っ赤だった。きょうのブログを、私からよくがんばった息子への送る言葉にしたい。
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# by ken-tono | 2006-03-23 22:45

T先生。すばらしいプレゼントをありがとうございました。   

午前中、昨日片付けた選挙中のわが家のゴミを清掃工場に運んだ。汗ビッショッリで、帰りがけフト思いついて、そうダ!「忠生農協のスーパーでアイスクリームでも!」と思い、立ち寄った。ん~~ん!「ジェラード・アイスクリ~ム」のカラフルな看板が見えるではないか。「ヨッシッ!!」。私は迷わず、一汗かいたあとの「ジェラード」の冷たい喉越しを想像しながら、スーパーの自動ドアをまたいだ。ん・・・・・??ん・・・・・・??な、ないではないか。「ジェラードが!」。かつてあったはずのジェラード・アイスクリームの売り場は完全に消えて、まったく関係ないものが陳列されていたのダ。ん~~ん。なんとも。私は、気を取り戻して、「ジャア、100円のアイスクリームでも!」。結局見つからない。あきらめた私は、アイスクリームではなくて、長ネギ、ブロッコリー、ほうれん草、タマゴ・・と、いずれも町田産のものを買って帰ることになった。ん~~ん。昼、よく寄るラーメン屋さんによって、カウンターでとんこつ味のラーメンを食べながら、スポーツ新聞を見た。もちろん、「WBC・王ジャパン・世界一!」の見出しダ!!んん??待てよ。「日の丸背負って・・」とか、「国を代表して・・」とか、マスコミは、選手へのインタビュウのときに決まってそういうけれど。たしかに、選手たちは、日の丸の旗をみんなで持ってたし、イチローも持ってたけれど、ちょっと違うよナ!選手たちが、そして、見ていた私たちが感動し、実感したのは、王監督やイチロー選手を中心に結束して頑張った「王ジャパン」、「イチロージャパン」「日本の選手たちジャパン」だったんじゃないのかナ。なにも「愛国心」で頑張ったんじゃないと思う。日本のプロ野球選手として、恥ずかしくない試合を、日本の、世界の人たちに感動与えられるプレイをしようと、最後まであきらめないで頑張ったんじゃないのかナって思った。まっ、カゼひいてたから、久しぶりのラーメン、とってもうまかったナ。
午後は、議員控室で仕事をし、なんだかんだと10時ごろ帰宅した。
明日卒業式、今日で小学校の勉強は終わりの小6の息子が、今日一日の?この6年間の?余韻にふけってか、文集をめくっている姿が見えた。そ~か!明日で卒業なんだよナ!・・と心の中でつぶやいていたら、わが奥さんが、「担任の先生、通信簿渡すとき、泣いてたんだって!」と。ん~~ん。泣けちゃうナア!男の先生が、最後の授業で泣いてくれるなんて、すばらしいじゃないか!わが息子に、同級生の子供たちにとって、これほどのプレゼントはないヨ!!T先生。すばらしいプレゼントをありがとうございました。そして、ちょっとテレくさかったけど、息子に、「明日、卒業式か。よく頑張ったよナ!」と声を掛けた。息子も「うん!!」とテレくさそうに答えてくれた。
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# by ken-tono | 2006-03-22 23:48

「若さと行動力!」   

オ~~ッ!!すっごいネッ!!ワールド・ベースボール・クラッシック第一回大会決勝で、王監督率いる日本がトウトウ優勝した。選手は、日本でのシリーズの戦いとも違って、まるで高校野球の選手のようだった。あきらめずに、勝利を勝ち取った選手、監督、コーチのみなさんにオメデトウ!!といいたい。にしても、とりわけ、イチロー選手の勝利に対する執念にグ~ンとひきつけられた。。家に帰って、何度もスポーツニュースに釘付けになったよネ、皆さんも。明日の朝刊がこれまた楽しみダ。
午後、知人のMさんのご主人が亡くなったというので、2日前に密葬がすんだご自宅へ弔問に伺った。「わざわざどうも、ありがとうございます」と奥さんが出迎えてくれた。奥さんの話では、ご主人は、入院がいやだということで、自宅療養していたが、医者が訪問した翌日の早朝に亡くなられたとのことだった。一時期は、奥さんが心臓の手術で何日か入院したときも、ご主人は一人で大丈夫だといって、自宅療養していたそうダ。ん~~ん。考えさせられた。ヤッパリご主人は、奥さんがいるご自宅が最後までよかったんだよナア。ん~~ん。もちろんMさん、ご主人をなくされた悲しみでいっぱいだと思うが、今日は、とっても穏やかな顔をされていたので、ちょっとホッとした。
それはソーと、Mさん宅を訪ねる前に、家の掃除をした。そしたらなんと、私が、16年前、初めて町田市議選に挑戦したときのパンフレットが出てきたのダ。ほっそりとして、髪は鳥の巣のようにタンマリとある(今でも大丈夫デスが)。35歳の私のメインスローガンは、「若さと行動力!」だったのダ。今日のWBCでも大活躍したソフトバンクの川崎選手(ショートストッパー)も、20代の最も若手の選手。「若さと行動力!」。今日の川崎選手にピッタリだったかナ。
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# by ken-tono | 2006-03-21 23:56