古い建物   

ある対話集会で、こんな話が出た。「町田駅周辺は外から見ると高いビルばかりだと思ってた。ところが、ハンズの上から商店街を見たら、ずいぶん古い建物がある。そのチクハグさに驚いた」というのだ。町田市の中心市街地(原町田)は、再開発事業が行われるまでは確かに古い町並みだった。3・4・11号線と「109ビル」などの整備によって、昔ながらの商店街・都南デパートが消え去った。マイカップが置ける「ルナー」のコーヒーはおいしかった。「一龍」の札幌ラーメンも、今にして思えばラーメンブームの走りだったのかもしれない。今やその面影が残るのは、「古い建物」・仲見世商店街だろう。幸いにして、仲見世商店街がある街区の商店主たちは、再開発事業に真っ向から反対。だから今の姿がある。そして、今になって、この「古い建物」が見直されている。アーケード街の狭い通路の両側に、対面商売の小さな店が並ぶ。生鮮三品(肉屋は外にある)がそろい、団子屋、お茶屋、トーフ屋、そして懐かしい味のラーメン屋、おばあさんたちが着る洋服屋、若者が営むアクセサリー店など、個性的な店が並ぶ。もちろんチエーン店などない。上から見ると確かに「古い建物」だ。でも、その中には、これから求められている失われつつある商店街のありようが感じられる。それはなんだろうか。一言で言えば、人間味のある商店街。ハンズの上から降りて、一度仲見世商店街で買い物してほしい、と思った。
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# by ken-tono | 2006-01-22 22:05

初雪のあいさつ   

早朝、カーテンから外をのぞいたら雪が降り始めていた。東京の初雪だ。駅に着いたら、ますます雪の勢いは激しくなってきた。体感温度マイナス2度。雪国育ちの私の体は自然と興奮してきた。寒くなればなるほど、吹雪になればなるほどである。・・・ふと、子供のころを思い出した。吹雪の夜、母に手を引かれ帰路に向かう道に足跡はない。薄暗い街灯だけを頼りに私たち親子だけが踏んだ足跡を残して、道なき道をひたすら歩く。あのころも確かこんな雪だったナ。いつものように挨拶を繰り返していたら、7時前、いつもの愛想のよい80歳ぐらいのおばさんが、いつものように私のそばによってきて、「ご苦労様」と声を掛けてくれた。・・と、おばあさんは立ち止まって、これから透析治療ため病院に行くと話してくれた。そうか!それでおばあさんとは、2日に一度、駅のこの場所で会うわけか。去年、「災害時の透析医療」の問題を議会の一般質問で取り上げた際、あけぼの病院の透析医療の現場を視察させていただいた。2日おきに数時間の透析をしなければ、腎臓で血液が解毒されないことで体に害を与えてしまう。生命を維持するための治療の実態と苦労を知ることができた。刹那、そんなことが脳裏をよぎった。・・と思ったら、おばあさんは、私に数粒のキャンデイを握らせてくれた。「ありがとうございます」。横殴りの雪はデッキの上でさらに強くなってきたが、心温まる応援に励まされ、初雪の挨拶を続けた。
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# by ken-tono | 2006-01-21 22:31

「寒いぞ!がんばれよ!!」   

一緒に駅頭に立った佐藤洋子市議が、「今朝の小山田の気温は1度でした」とマイクで言った。風が吹きまくったデッキの上も体感温度が1度。結構寒かった。6時半ごろデッキの上を通る背の低いおじさんは、いつも違った言葉を掛けてくれる。今朝は、「寒いぞ!がんばれよ!!」だった。おそらく、おじさんは、バスセンターからエスカレーターでデッキに上がり、最後の直線コースに入るや否や、今日はなんて言おうかと瞬時に考えていると思う。とにかく毎日言葉が違うのだ。いったい今日はなんと言ってくれるのかなと、楽しみなのだ。2月26日が投票日。競馬のように、おじさんの最後のムチは、いつ入るのだろうか。・・・さて、宣伝が終わり、朝食は久しぶりに、牛丼屋に駆け込んだ。もちろん牛丼の提供は休止中なので、「なんど食べても飽きない豚丼(牛丼屋のコマーシャル)」を食べた。ところが、手も顔も口も完全に冷え切っている。割り箸を持っても感覚がない。豚丼を食べてもやはり感覚がない。そう思っている間に、生卵と味噌汁つきの豚丼はカラになってしまった。
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# by ken-tono | 2006-01-20 22:42

キックボード   

寒さがぶり返してきた。今朝は、足の指先までしびれたので、体感温度1度かな。5時過ぎ、キックボードに乗ってくるおじさんがいる。そのおじさんは、駅の構内に入る前に、周辺のビルの隙間に潜んでいる野良猫を見回るのだ。オスとメスの2匹いるらしいが、えさはあげないのだそうだ。「元気かい?」と声を掛けている感じがする。なぜかというと、おじさんは、私にも「元気かい?」と励ましてくれるからだ。おそらく、おじさんにしてみれば、私は、猫と同じ仲間に見えるのかもしれない。「元気かい?」という言葉の響きは、とてもやさしく聞こえる。私がそう感じていることを、きっと猫も感じているにちがいない。おじさんは、キックボードをたたみ、さっそうと駅の構内に消えていく。猫は「ミャーオ!?」と、私は「ありがとうございます!」とキックボードのおじさんの背中に声を掛けた。
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# by ken-tono | 2006-01-19 22:07

「ステップバス」   

体感温度4度から2度へ。あるバス停で宣伝をしながら、バスに入るお客さんの様子を見ていた。体の小さな女性のお年寄りが、「ステップバス」(こういう呼称はないかもしれないが)に上がろうとしたが、足が持ち上がらず、ナナメにして手すりにつかまり、やっとのことで上まで上がることができた。よく見ていると路線バスには3種類の「ステップ」があることに気がついた。まず、「ステップバス」で、従来型の階段がバイアフリー化されてないものだ。次に、「ノンステップバス」で、いわゆる「低床バス」だ。1回だけステップすると、そのままバスの床になっているものだ。最後に、「新ステップバス」は、最初にステップする階段は低いが、2~3段上がらなければならない。残念ながら、お年よりは、一番上がりづらいバスに乗ったことになる。では、「ノン・・」と「新・・」では、どちらが「最新」なのだろうか。「ノン・・」のほうが、バリアフリー化されているようだが、おそらく、乗客数が「新・・」のほうが多いのではないだろうか。なぜ3種類もあるのか不思議だったが、結局、バス会社の「利益」「採算」が大いに絡んでいるのではないだろうか。しかしながら、お客さんは、「ステップ・・」「ノン・・」「新・・」など関係なく、座れるバスをめがけて乗ったことが分かった。私が、バスに向かってお辞儀をすると、8割のお客さんは、首を前に立たれてお休み中でした。日本の労働者は、本当に疲れているんだと実感。長時間労働、低賃金、サービス残業など、世界水準からも遅れた日本の労働条件を改善しなければならない。とりあえず、どんな「ステップバス」を増やすことがよいのだろうか。
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# by ken-tono | 2006-01-18 22:23

阪神淡路大震災被災者の冥福を祈る   

ずいぶんあたたい朝だった。と思ったら、7時半ごろの体感温度は、3度ぐらいに。今日も6時10分ごろ、50代のホームレスAさんが駅の構内から出てきて、デッキを渡って、反対側のビルに向かった。Aさんは、ビルの外側のガラスで囲まれたいつもの場所に入り、持っていったダンボールを敷き、来ていたコートを脱ぎ、それを羽織って眠りについた。スーパーが開店する9時?まで寝るのかな。それにしても、今日ぐらいの気温ならまだしも、正月の氷点下を割ったときは、どうやって寝たのだろうかと心配になった。さて、今日は、11年前、阪神淡路大震災が起きた日だ。数千人という多数の死者をもたらした。私は、駅頭でマイクを握りながら心から被災者の冥福を祈った。そして、今日は、国会で耐震偽装事件のキーマンである、ヒューザーの小嶋社長の証人喚問が行われた。人命を軽んじ、利益を優先する「偽装行為」は絶対に許せない。伊藤元長官の証人喚問を含め、徹底究明しかない。
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# by ken-tono | 2006-01-17 21:47

「ニセ警官」現る   

体感温度5度から明け方には3度ぐらいになった。今朝の駅頭宣伝中、珍事が起きた。私が、マイクで「税金は新庁舎ではなく市民生活に!」と話し始めたら、「オイ!前の車とまれ!!」といきなり怒鳴る男の声がした。乗用車の乗った50代の奥さんが運転する車が対称だと分かった。車と後を走ってきたバイク(ホンダ白のスペイシー100cc)が演説する私の目の前でとまった。とっさに思ったのは、衝突でもしたのだろうということ。ところが、その後の展開は、まったく予想に反した。ヘルメットをかぶった中年の男は、女性に「窓を開けろ」と命令。「なんで?」と疑念に満ちた女性に向かって、男は、「お前は、一時停止をしなかったろう。免許証を出せ」といい、「そんなことはありません」と女性が差し出した免許証を取り上げた。男は、車の後方に回り、ナンバーを控え、運転席脇に戻り、免許証の記載事項を写し始めた。・・・と、そこまで私は、男は、衝突事故の被害者だと思い切っていた。ところがである。な、な、なんと、その男は、「私は、警察官だ。と、警察手帳らしきものを見せ、今日は私服で警戒中だ。二度とこんなことはしてはいけないゾ」と言い放ったのだ。わけが分からなくなった。ん?本物の警官だったら、キップを切るはずだ。警察署と連絡を取る様子もない。なぜ自分から「私服だ」とバラス必要があるんだ。いろんな疑問が急激に脳裏をよぎり、「ニセモノ警官だ!!」という結論に達した。私は、女性にすぐにこの場を立ち去るように促し、女性は、「ハイ、ありがとうございました」といって発車した。男に問い詰めるまもなく、「ニセ警官」は、猛スピードでその場を立ち去った。16年間毎週駅頭宣伝をしてきたが、こんな経験は初めてのことである。その間3分ぐらいの出来事。私は、気を取り直して、「市長には三溝裕子さんを。市議には、私、とのむら健一を」と訴えた。
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# by ken-tono | 2006-01-16 21:59

稲わらの敷布団   

体感温度15度。そのぐらい暖かい春のような日和だった。でも、つかの間の陽気だと思う。成人式が1月15日のころは、必ずといっていいほど雪が降っていた。私が子供のころの秋田の冬の暖房といえば、まきストーブだった。毎年秋には丸太を仕入れて、まき割りの手伝いをした。まだプロパンガスがなかったので、母は、このまきストーブでご飯を炊いていた。今にして思えばとてもおいしいご飯だったのかもしれない。そして、夜寝るときの暖房が、20センチ位の稲わらの敷布団に湯たんぽ、また、冷え切った足を暖めてくれる両親の足だった。シンシンと降り積もる雪の音なき音を聞きながら、眠りについた幼少のころを今でも思い出す。さて、東京は、明日からまた寒さが戻るのかもしれないが、負けずに頑張ろう!
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# by ken-tono | 2006-01-15 21:58

長野県栄村・村長の話に感動!   

「寒いぞ~がんばってナ!」。体感温度2度の町田駅で、ボンボリのついてない毛糸の帽子をかぶった50歳代の男性から缶コーヒーの差し入れがあった。ありがたくいただいた。冷え切ったからだが徐々に温まり、ラストスパート。8時まで一気に政策を訴えた。今日話した内容は、この冬の豪雪と地方自治体のあり方についてだ。「私の郷里は、東北の秋田県だ。住民は、自らの命を守るためにかつてない豪雪と戦っている。新聞赤旗で、長野県栄村の紹介記事を読んだ。5日ぶりに国道が開通した。村長が住民に呼びかけたそうだ。この村の住民は長年雪と戦ってきた。終わらない冬はない。必ず春はやってくる。住民が力を合わせて頑張ろう」と。「私は、率直に感動した。それに比べて今の町田市はどうか。市民の福祉や教育を削って、貯めたお金で200億円もする新しい庁舎を建てることに熱中している。除雪するお金がそこをついている小さな村が、村長を中心に村民の命を守るために団結を呼びかけた。税金の使い方を新庁舎を第一にして、市民の命や福祉を二の次にするような今の市政を、市民生活優先に変えましょう」と。私は、同じ話を、さみぞ裕子さんの事務所開きでも、夜の育成会の新年会でもした。住民の命と暮らし、福祉を守る、本来の地方自治体の役割をしっかり果たせる町田市にするため、がんばらなければならない。ちなみに、育成会の新年会で、私が歌ったカラオケの曲は、大橋順子の「シルエットロマンス」でした。
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# by ken-tono | 2006-01-14 23:05

「とのサーン!がんばってー!!」   

体感温度4度、早朝の町田駅。「と・の・む・らサーン」・・・「ん?」・・・「とのむらサーン!」・・「ん?ん?」。私を呼ぶ声がどこからともなく聞こえた。「とのむら健一」のノボリ旗を立てていた私は、後ろ180度をぐるりと見回した。な、なんと、夜明け前の暗がりで私に向かって叫んでいるのは、20代前半の青年たち(5~6人)ではないか。私が気がついたとたん、中央にいた一人の女の子が、「とのサーン!がんばってー!!」とさらに大きく手を振ってくれるではないか。とっさのことに私はビックリしたやら、うれしいやらで声を出すこともできずに、大きく手を振って、「ありがとう!!」と心の中で叫び返した。俄然元気が出た。朝方までアルバイトをしていた青年たちだと思うが、自分たちの将来と社会に希望を持って頑張ってほしいなと率直に思った。7時に、三溝裕子さん、佐藤洋子さんらと合流。交代でマイクを握った。女性二人が加わると、ピンクの旗も手伝って、カラフルで、華やかになる。10分交代で演説したが、滑らかに政策を訴えることができた。いろんな人に会える駅頭は楽しい。
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# by ken-tono | 2006-01-13 22:02