「そ~ですか。私も初めて知りました。なるほどネエ!」と。   

昨夜の大雨もあがり、雲一つない五月晴れの朝となった。どういうワケだか雨漏りをしていたマイ宣伝カーの様子が気になった。目張りをしたガムテープをはがし、サ~テどうかなとドアを開けたら、案の定だった。奮闘努力のかいもなく、運転座席の脇に敷いておいた新聞紙はズッシリと重くなっていたのだ。ん~ん。困ったものだと思いつつ、駅に向かった。
雨の後の快晴のせいか、歩道を歩く人たちの足取りも軽やかに見えた。何人かの人が、歩きながら、車の中から、また、タクシーの運転手さんも手を振ってくれた。
今日の宣伝で私は、昨日の衆院特別委員会で、わが党の志位和夫委員長が行った教育基本法改悪案に対する質問のやりとりを話した。「愛国心」の強制は間違いであるとの指摘に、小泉首相は、「通信簿で愛国心を評価するのは難しい」と重大な答弁をしたが、そんなことを話していたら、道路の向こう側から「ハンタ~イ!」と大きな声で叫ぶ人がいた。一瞬、教育基本法の改悪に「ハンタイ」と思いきや、逆で、私の主張に「ハンタイ」だと気づいた。いろんな考えの人がいるのだから、そういう声がかかっても当然だ。ところが、その後この人が発した言葉は、「バカ!」「バカ!」と、「バカ」の連発だったのだ。私は、そのまま宣伝を続けたが、朝の澄んだ空気の中で、チョットいやな感じを受けた一コマだった。
朝食をとった後、まず、ワイシャツなどを持って行きつけのクリーニング屋さんへ行った。朝から大忙しでアイロンをかけていたご主人が、「とのむらさん、ご苦労サマ!」と元気な声で声をかけてくれた。ゲンキンなもので、その一言で、私は気分はまた五月晴れに戻ったのだ。
党の事務所に寄り、事務所のKさんに、「宣伝カーが雨漏りするんだけどなあ?」と相談を持ちかけてみた。さすがKさん。原因をズバリ発見してくれたのだ。運転席のドアを受ける側の本体についているゴムのパッキングが「雨樋(あまどい)」の役目を果たしていたことに気がついた。雨漏りは、ドアを閉めたとき、スピーカーからの配線がこの樋を押しつぶして、雨水が下に流れなくしていたことに起因していたのだ。ナア~ンダ。
さっそく、宣伝カーの配線をお願いした近所の電気屋さんに行き、ワケを話したら、「そ~ですか。私も初めて知りました。なるほどネエ!」と。大ベテランの電気屋のご主人でも知らないことがあったんだ。そこは、お客の目線で話をされたご主人、ヤッパリ偉いなあと思った。
そんなワケで、マイ宣伝カーの改修をお願いして、市役所へ向かった。
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# by ken-tono | 2006-05-25 10:56

「お父さんが送ってくれたの」。   

少し早く起きて駅に行ってみた。アレッ!いつも西口のデッキを通るベレー帽をかぶった小学生の女の子2人が、北口に仲良くやってきたではないか。んん??「・・今日はこっちなの?」。「お父さんが送ってくれたの」。ソウソウと、もう一人の女の子も首を縦に振った。この子たちに北口であったのは初めてだった。・・ってことは、ほぼ毎日バスで駅まで来てたのか。ん~ん。すっかり感心した。
・・ん?あっ、ヤッパリそうか。寒かった頃、いつも「KANADA」のロゴが入ったスタジャンを着てくる外国人の方が、カラーシャツにネクタイを締め、コバルトブルーのサングラスをかけてやってきたのだ。「おはようございます」と、愛想よく挨拶をされた。
いつも何人かの男子高校生が挨拶してくれるのだが、そのうちの一人の高校生が、私より先に、「おはようございます!」と大きな声であいさつしてくれたのだ。ん~ん。気持ちいいナア!
と、その後、pu,pu~とクラクションの音が聞こえたので目をやると、市役所の元部長のKさんだった。ご家族を送ってこられたのか、相変わらずニコニコと、これまた気持ちのいいご挨拶だった。思わず大きな声で、「アッ、どうも~っ!」と返事をした。
昨夜までの雨は上がったものの、チョット空気は湿った朝だった。そんな中で、とっても気持ちのいい朝の出会いだった。
食事を済ませ、駐車場から市役所へ歩いていると、信号機の向こう側に龍園というラーメン屋さんのおばさんの顔が見えた。お互いに「おはようございます」と。市役所の目の前の食堂で、私もときどき食べに行くのだが、とくに私が好きなのは、ラーメン、餃子、チャーハン、そして、天津丼だ。「昔ながらの中華食堂」という感じかナ。
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# by ken-tono | 2006-05-24 10:08

「お先にどうぞ。」   

朝、マイカーに乗ろうと団地の駐車場に向かうと、「これからそっちへ行くから」と、携帯電話で話をしながら歩いている男性の後についた。私が右へ曲がろうと思ったら右に、階段を上ろうと思ったらあがり、男性は、同じ駐車場に入った。んん??・・と思ったら、「お先にどうぞ」と。結局この男性は、私の駐車位置の5台となりの方だったのだ。おはようございます、と挨拶をしようと思ったとたん、一瞬早く男性の方から、「応援したんですヨ、私。これからもがんばってくださいネ」と声がかかった。私は、「ハイ、ありがとうございます」と、深々とお辞儀をした。朝一番にこんな出会いがあると、とてもサワヤカな気持ちになる。
で、午前中、党市議団の会議だった。高嶋議員が、「とのサン、町田駅のことでメール届いてたから返事ヨロシク」と、画面を開いてもらった。小田急町田駅とJR町田駅について、通勤者としてのご意見、質問だった。私は、再開発事業のことなどもヒモときながら、現在の状態になったワケを説明し、私なりの提案をお伝えした。市民や利用者の方々の目線にたって、ものを見ることの大切さを再認識させられたメールだった。どうやら、この方、私が朝、丸井の前で宣伝しているときに、デッキの上を通られるらしいのだが、ぜひ今度、手をふっていただきたい。「気をつけて、行ってらっしゃ~い!」と、私も、元気にマイクで声をかけたいと思う。
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# by ken-tono | 2006-05-23 17:27

鹿とガチンコしてたかもしれなかった。フウ~ッ。   

20日・土曜日、泊りがけの学習合宿があり、東名横浜町田インターから名古屋方面のラインに乗った。私は、5月のもっとも爽やか風に吹かれながら、久しぶりにマイバイク・アフリカツインのアクセルを回していた。ん~~~ん。・・と、間もなくお昼だったことに気づいた私は、秦野中井ICを過ぎて少し先の中井PAに入った。バイク専用の駐車場にとめるや否や、隣に、ハーレーダビッドソンがやってきた。ドッ、ドッ、ドッ、ドッ。お~っ、スゲ~なあ!・・まあ、と、とにかくレストランに入り、カレーライスを頼んだ。運送関係の運転手さんと見られる方たちは、ほとんどと言っていいほど、チャハン・ラーメン、または、てんぷらうどんにカレー、または、カツ丼にそばといった感じで、たくさん食べていた。寝る時間も削られるような長時間過密労働で、事故が頻繁に起きているが、劣悪な労働条件改善のために労働者の皆さん本当に頑張ってほしいナ、と思った。となりの運転手さんは、カツカレーだったが、妙にとなりの「カツ」がうまそうに見えた。一応わがカレーに満足して、PAを出た私は、ものの10分先にある大井松田ICで一般道に降りて、目的地の会場へと向かった。そーいえば、この先に今建設中の「第二東名高速道路」があるんだっけ。この大変な税金の無駄遣いをやめて、社会保障の財源にすれば、医療費の国民負担を増やさなくたっていいのに。医療改革法案は廃案しかない!とバイクを乗りながら思った。
午後1時半からの学習会にユウユウと間に合い、有意義な勉強をこの日もミッチリとした。で、勉強も終わり、部屋に戻った。早速、テレビをつけて、私はニュースにビックリした。なんと、私が、東名高速を走っていた数十分後、厚木と秦野中井の間に鹿が2頭現れたというではないか。まかり間違えば、鹿とガチンコしてたかもしれなかった。フウ~ッ。前にバイク雑誌で読んだ内容をフト思い出した。オーストラリアのバイクツーリングに参加した人たちが、夜間一番気をつけなきゃいけないのが、バイクのライトをめがけて激突する危険があるカンガルーだという話だ。時速100㌔のバイクでは、とっさの対応ができただろうか、なんて想像してたらチョットどっきりした。宿泊学習会を終えて、再び、東名高速をマイバイクで走り、無事帰ることができた。そーいえば、最近法改正で解禁になった、「高速でのバイクの二人乗り」の方たちを見かけたが、トテモ気持ちよさそうに2人で走っていた。
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# by ken-tono | 2006-05-22 23:36

「・・・ネエ!」「・・ないよナア!」。   

昼前、フォーラム会館へ行ったら、Kさんが、そういえば昨日の朝、駅で見ましたヨ。んん??見ましたヨ!と言っても、私はKさんを見てないんだけど。・・といったら、Kさん、「そ~なんです。私、バイクで、フルフェイスのヘルメットがぶってましたから!」。んん。
で、今朝は、そぼ降る雨の中、旗を立て、いつものようにご挨拶をし、ビラを渡していると、向こうから能代の叔父さんがやってきた。だろうと思っていたが、やっぱりだった。「なあに、能代で事件あったんだっテ!?」「・・・ネエ!」「・・ないよナア!」。私は、やはり、ネエ!としか言いようがなく、郷里・秋田で起きた殺人事件に言葉が出なかったのだ。それに比べて、6時半の叔父さんは、「お~っ、がんばってんナア!」と、いつものとおりだ。そういえば、秋田の母から、鮭のシズコが送られてきたので、電話しなきゃなんて頭をよぎった。それにしても、北口に比べて、この西口は、女子高生の挨拶がトテモ多いのにはビックリする。いつの間にか、自然に挨拶するようになってきたが、男の子も女の子も素直な子がケッコウ多いんだナアって、近頃思ったりしている。
今朝は、5分早く切り上げ、午前中の用事を済ませた後、Iさん宅へ向かった。後援会の行事のことでの相談だ。Kさん、Sさんもきていて、サ~テどうしようかって一生懸命だった。何とか話がまとまり、Iさんと二人でお昼は、ビビンバ丼を食べた。お~っ、ケッコウいけるじゃナイ!
で、午後は、地域の皆さんと、まちのウオッチング。商店街、住宅街、お寺、道路、公園・・色んなところを見て、みんなでア~したほうがいいよナア、こうしたほうがいいよナア、なんて街づくりについて話しながらあっという間に2時間が過ぎてしまった。
で、そのあと市役所に戻って、結局、夜の10時半ごろまで控え室で仕事をしてしまった。
そういえば、今朝のラジオで、ゲストコメンテーターの女性が、あんまり寒いから、また、新しいレインコート買っちゃったワヨ、と。そんな季節なのかも。
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# by ken-tono | 2006-05-20 00:57

熱々、ハフ、ハフのオムライス   

ん~~ん、眠いナア!と瀬戸際だったが、朝頑張って起きて、駅に出た。ケッコウ雨も強くなってきてたが、傘を差しながら、丸井の前で首を持ち上げ、デッキのほうを見上げて訴えをした。朝の忙しい時間なのに、立ち止まって聞いてくれる方がいた。今日は主に、医療制度改悪法案の廃案を訴えた。
午前中、わが市議団で小学校の視察をさせていただいた。新任の副校長先生の案内で、小学校一年生を対象にした「生活指導補助者」の実際の活動状況を見ることができた。この学校では、一年生5クラスに1人づつ5人の補助者。ちょうど体育の授業で、運動会の体操の練習をしていた。この人たちがいることによって、どれだけ担任の先生にゆとりができ、多くの子供たちに行き届いた授業ができるかということを実感することができた。そのあと、教室での算数の授業も見学させていただいたが、これが、少人数学級になったらもっと充実するだろうなということがよく分かった。とても有意義な視察だった。町田市で30人学級早期実現のために頑張らなきゃ!
午後から都内で会議があるため、小田急線に乗り、渋谷区のとある駅で下車し、昼食をとった。よく寄る洋食屋さんだが、今日は、オムライスとコーンポタージュスープを注文した。できるまでの間、周りの人のメニューが気になるものだ。そっちにすればよかったと思ってしまったのが、後ろの人が食べてた、スパゲティ・ナポリタン・ピカタというヤツだ。ん~ん、うまそうだナア。・・と恨めしそうに横目で見ているところへ、わがオムライスがやってきた。さすがプロだよな。フライパンをマジシャンのように操り、何が違うかって、トマトケチャップでいためたライスが最初から最後まで熱々、ハフ、ハフなのには驚いた。ちょうど松坂投手のように、投げたボールの初速と終速の差がないようなものだと思った。(例えがよくないかナ)
会議で懐かしい方にお会いできた。あることがきっかけで知り合いになることができた大島と利島という伊豆諸島在住のお二人だ。お互いに元気な姿で、何よりだった。それにしても、船でその島に接岸したとき、感覚的には90度ぐらい左右に揺れて、天井がひっくり返りそうになったが、周りの人たちは平気な様子だった。みんな、逞しく生きているのだ。
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# by ken-tono | 2006-05-19 00:56

真っ黒に日に焼けた大きな顔のSさん   

どういうわけだか、昨日の夕方お会いした黒いワンちゃんを連れた奥さんと、今朝またお会いし、「おはようございま~す」。「あっ、ど~もっ!」と、ご挨拶をした。午前中は、原町田のUさんと地域の方のご挨拶回りをした。障害者としての認定のこと、介護保険、米軍機騒音と防音工事のこと、都市計画道路のこと、そして、憲法9条の会のことなど、話題は多岐にわたった。
2時間半ほどで午前中の仕事を終えて、私は、近所のラーメン屋さんでワンタンメンを食べた。昔風のスープだったが、私には、チョッっと塩気が足りないかナ、という感じ。まあまあウマかったけれど、チャシュウが小さかったのが残念だった。そういう場合は、チャシュウワンタンメンを食べればよいのだが、100円をケチってしまった。
で、午後は、市役所に行き、たまっていた仕事をした。
夜は、日比谷公会堂で行われた日本共産党演説会に参加した。会場は超満員で、すばらしい内容だった。来年の、一斉地方選挙の候補者がズラリと並び、参院選候補で比例の谷川智之さん(35歳・医師)、緒方靖夫さんからバトンタッチする東京選挙区の田村智子さん(40歳・元参院委員秘書)らが、ご挨拶をした。田村智子さんの心を打つ訴えについまたホロリときた。そして、トリは、志位和夫書記局長・衆院議員。暮らし、平和、教育の問題を中心に小泉政治の悪政を変えるために、来年の一連の選挙で日本共産党を躍進させていただきたい!という訴えを聞いて、何か、70~80年代、日本共産党が躍進してた頃のような希望と勇気が沸いてきた。
会場に入ったら、市議選のとき応援に来てくれたSさんに会うことができた。改めて御礼もしたかったし、あえて本当にうれしかった。真っ黒に日に焼けた大きな顔で、ガッハッハッハ!と豪快に笑う、いつも陽気なSさんから、また元気をもらった気がする。
アッという間に演説会が終わり、帳が下りた日比谷公園に出てみると、それまで降っていたドシャブリの雨も、パラリとこぼれる程度に上がっていた。
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# by ken-tono | 2006-05-18 00:26

「ご苦労様でした」   

「元気で頑張ってる!」。「ハイ!」。そんな会話から今朝の駅頭が始まった。暖かくなったせいか、お互いに声にも張りがある。キックボードのおじさんに、「今日は早いじゃないですか」と話したら、「イヤ~ッ、今日も寝坊だヨ」と。春はチョットさえないのかナ。どういうわけだか、今日も男子高校生の挨拶が多いのには驚く。どうしてかナア?座間でお店を営んでいる方が、いつもより30分ぐらい遅く帰ってこられたので、「今日は遅いですネ」と聞くと、「うん~ん。さっきまでやってたから」と。今日もハンドマイクの電源が入らなかったので、マイ宣伝カーで訴えた。「教育基本法改悪阻止」「凶暴罪の法制化反対」などを中心に訴えた。
午後から、障害者施設を2ヶ所訪問、視察した。いずれの施設でも、障害者自立支援法の施行によって、障害者自身の負担が増え、事業所も財政運営やサービス提供が困難になるということが分かった。障害者の方たちが、人間らしい生活を送るためには、この法律は大きな障害になっている。市政、国政あらゆるところで改善を図っていかなければならないと実感した。
他の仕事を済ませて、スーパーで買い物をして帰ろうとしたら、私の宣伝カーが見えたのか、若いお父さん風の方が私のほうをジ~ッっと見ながら、ニコッっと微笑んで会釈してくれたので、私もすかさず挨拶した。・・で、駐車場に着き、車を降りてドコドコ歩いていると、ダックスフンドを連れた奥さんが、「今日どっかで見ましたネエ」。「はあ」。また、ドンドコと家に向かっていると、「ご苦労様でした」と黒いワンちゃんを連れた奥さんが私に話した。「あっ、お疲れ様でした」。ソウ返事をした。
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# by ken-tono | 2006-05-16 22:02

初めての東京での大きな出会い   

都内に住むK叔父さんから宅急便が届いた。長男の中学のお祝いだった。まずはお礼をと思い、電話をしたが出かけてるらしく、つながらない。とりあえず葉書を出した。今年80歳になる母の兄に当たるので、85歳くらいになると思う。
今から33年前の高校3年生のときの夏、私は、生まれて初めて上京し、大学受験の予備校の夏期講習に通うため、K叔父さんの家に寝泊りし、お世話になった。初めての東京、なんか、いまよりも空気が汚れていたような気がする。秋田とは違って、蒸し暑いのと、外を走る車の多さとその音がうるさいこと、そして、生ぬるい水道水には閉口した。また、人の多さにビックリした私は、たちまちホームシックになってしまった。田舎では食べたこともないような肉料理に、本当ならばこの上ない喜びだったのに、体調が崩れて思うように食が進まなかったのだ。とにかく、初体験の東京と格闘しながら、約1ヶ月間受験勉強に励んだ。
半年後、都内の理系の大学を受験したが、ミゴトにダメだった。まあ、また、来年あるサ!と、あっさりと浪人することを決めて、K叔父さんの家に向かった。最寄の駅から叔父宅に向かう途中に区立の公会堂があり、その脇を通ったとき、大きな看板が目に付いたのだ。「日本共産党時局演説会」。迷わず私は、演説会場に入った。私が、18歳のときである。弁士は、前座が工藤晃衆議院議員で、メインが不破哲三書紀局長・衆議院議員だった。二人がどんな話をされたのか、今ではスッカリ忘れてしまったが、とにかく、私自身の人生に大きな励ましと希望を与えてくれたことは間違いのない出会いだったのである。
もし、私が合格していたら、きっと、喜び勇んで一目散に叔父宅に帰っていただろう。ん~~ん、これからど~しようかナア?なんて考えながら歩いていたことが、私を日本共産党の演説会に導いてくれた気がする。初めての東京で、私の人生の大きな出会いだった。
「二人の子供は中学生に、そして、私は、町田市議5期目当選することができました。」と、K叔父さんにあてた葉書に、そう記した。「お体に気をつけて、お元気で」と、感謝しつつ。
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# by ken-tono | 2006-05-15 22:29

けっこうイケソウな気がした。   

午前中、水防訓練が三輪町の下水処理場脇の広場で行われ、私も防災服を着て参加した。8時半、部長さんたちと一緒にマイクロバスに乗り、玉川学園を通って会場に向かった。駅前にさしかかったところ、今人気のコミュニティイバスが停留所に見えた。玉川学園在住の漫画家・みつはしさんがデザインしたというバスは、全体がイエローで彼女の漫画が描かれていた。ラクダの様に屋根の部分が盛り上がった面白い形で、この4月から走っているのだそうだが、けっこうイケソウな気がした。高ヶ坂地域にも早く走らせたいナ。
で、水防訓練は、今の季節にしてはとっても寒い中で、消防署、団、地域のボランティア、市の職員の方々の奮闘によって、とても機敏でナルホドという各種の工法を見ることができた。本当にご苦労様でした。それにしても、私は、よりによって夏用のメッシュの防災服を着ていったために、チョー寒かった。
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# by ken-tono | 2006-05-14 22:50