「寒いぞ!がんばれよ!!」   

一緒に駅頭に立った佐藤洋子市議が、「今朝の小山田の気温は1度でした」とマイクで言った。風が吹きまくったデッキの上も体感温度が1度。結構寒かった。6時半ごろデッキの上を通る背の低いおじさんは、いつも違った言葉を掛けてくれる。今朝は、「寒いぞ!がんばれよ!!」だった。おそらく、おじさんは、バスセンターからエスカレーターでデッキに上がり、最後の直線コースに入るや否や、今日はなんて言おうかと瞬時に考えていると思う。とにかく毎日言葉が違うのだ。いったい今日はなんと言ってくれるのかなと、楽しみなのだ。2月26日が投票日。競馬のように、おじさんの最後のムチは、いつ入るのだろうか。・・・さて、宣伝が終わり、朝食は久しぶりに、牛丼屋に駆け込んだ。もちろん牛丼の提供は休止中なので、「なんど食べても飽きない豚丼(牛丼屋のコマーシャル)」を食べた。ところが、手も顔も口も完全に冷え切っている。割り箸を持っても感覚がない。豚丼を食べてもやはり感覚がない。そう思っている間に、生卵と味噌汁つきの豚丼はカラになってしまった。
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# by ken-tono | 2006-01-20 22:42

キックボード   

寒さがぶり返してきた。今朝は、足の指先までしびれたので、体感温度1度かな。5時過ぎ、キックボードに乗ってくるおじさんがいる。そのおじさんは、駅の構内に入る前に、周辺のビルの隙間に潜んでいる野良猫を見回るのだ。オスとメスの2匹いるらしいが、えさはあげないのだそうだ。「元気かい?」と声を掛けている感じがする。なぜかというと、おじさんは、私にも「元気かい?」と励ましてくれるからだ。おそらく、おじさんにしてみれば、私は、猫と同じ仲間に見えるのかもしれない。「元気かい?」という言葉の響きは、とてもやさしく聞こえる。私がそう感じていることを、きっと猫も感じているにちがいない。おじさんは、キックボードをたたみ、さっそうと駅の構内に消えていく。猫は「ミャーオ!?」と、私は「ありがとうございます!」とキックボードのおじさんの背中に声を掛けた。
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# by ken-tono | 2006-01-19 22:07

「ステップバス」   

体感温度4度から2度へ。あるバス停で宣伝をしながら、バスに入るお客さんの様子を見ていた。体の小さな女性のお年寄りが、「ステップバス」(こういう呼称はないかもしれないが)に上がろうとしたが、足が持ち上がらず、ナナメにして手すりにつかまり、やっとのことで上まで上がることができた。よく見ていると路線バスには3種類の「ステップ」があることに気がついた。まず、「ステップバス」で、従来型の階段がバイアフリー化されてないものだ。次に、「ノンステップバス」で、いわゆる「低床バス」だ。1回だけステップすると、そのままバスの床になっているものだ。最後に、「新ステップバス」は、最初にステップする階段は低いが、2~3段上がらなければならない。残念ながら、お年よりは、一番上がりづらいバスに乗ったことになる。では、「ノン・・」と「新・・」では、どちらが「最新」なのだろうか。「ノン・・」のほうが、バリアフリー化されているようだが、おそらく、乗客数が「新・・」のほうが多いのではないだろうか。なぜ3種類もあるのか不思議だったが、結局、バス会社の「利益」「採算」が大いに絡んでいるのではないだろうか。しかしながら、お客さんは、「ステップ・・」「ノン・・」「新・・」など関係なく、座れるバスをめがけて乗ったことが分かった。私が、バスに向かってお辞儀をすると、8割のお客さんは、首を前に立たれてお休み中でした。日本の労働者は、本当に疲れているんだと実感。長時間労働、低賃金、サービス残業など、世界水準からも遅れた日本の労働条件を改善しなければならない。とりあえず、どんな「ステップバス」を増やすことがよいのだろうか。
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# by ken-tono | 2006-01-18 22:23

阪神淡路大震災被災者の冥福を祈る   

ずいぶんあたたい朝だった。と思ったら、7時半ごろの体感温度は、3度ぐらいに。今日も6時10分ごろ、50代のホームレスAさんが駅の構内から出てきて、デッキを渡って、反対側のビルに向かった。Aさんは、ビルの外側のガラスで囲まれたいつもの場所に入り、持っていったダンボールを敷き、来ていたコートを脱ぎ、それを羽織って眠りについた。スーパーが開店する9時?まで寝るのかな。それにしても、今日ぐらいの気温ならまだしも、正月の氷点下を割ったときは、どうやって寝たのだろうかと心配になった。さて、今日は、11年前、阪神淡路大震災が起きた日だ。数千人という多数の死者をもたらした。私は、駅頭でマイクを握りながら心から被災者の冥福を祈った。そして、今日は、国会で耐震偽装事件のキーマンである、ヒューザーの小嶋社長の証人喚問が行われた。人命を軽んじ、利益を優先する「偽装行為」は絶対に許せない。伊藤元長官の証人喚問を含め、徹底究明しかない。
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# by ken-tono | 2006-01-17 21:47

「ニセ警官」現る   

体感温度5度から明け方には3度ぐらいになった。今朝の駅頭宣伝中、珍事が起きた。私が、マイクで「税金は新庁舎ではなく市民生活に!」と話し始めたら、「オイ!前の車とまれ!!」といきなり怒鳴る男の声がした。乗用車の乗った50代の奥さんが運転する車が対称だと分かった。車と後を走ってきたバイク(ホンダ白のスペイシー100cc)が演説する私の目の前でとまった。とっさに思ったのは、衝突でもしたのだろうということ。ところが、その後の展開は、まったく予想に反した。ヘルメットをかぶった中年の男は、女性に「窓を開けろ」と命令。「なんで?」と疑念に満ちた女性に向かって、男は、「お前は、一時停止をしなかったろう。免許証を出せ」といい、「そんなことはありません」と女性が差し出した免許証を取り上げた。男は、車の後方に回り、ナンバーを控え、運転席脇に戻り、免許証の記載事項を写し始めた。・・・と、そこまで私は、男は、衝突事故の被害者だと思い切っていた。ところがである。な、な、なんと、その男は、「私は、警察官だ。と、警察手帳らしきものを見せ、今日は私服で警戒中だ。二度とこんなことはしてはいけないゾ」と言い放ったのだ。わけが分からなくなった。ん?本物の警官だったら、キップを切るはずだ。警察署と連絡を取る様子もない。なぜ自分から「私服だ」とバラス必要があるんだ。いろんな疑問が急激に脳裏をよぎり、「ニセモノ警官だ!!」という結論に達した。私は、女性にすぐにこの場を立ち去るように促し、女性は、「ハイ、ありがとうございました」といって発車した。男に問い詰めるまもなく、「ニセ警官」は、猛スピードでその場を立ち去った。16年間毎週駅頭宣伝をしてきたが、こんな経験は初めてのことである。その間3分ぐらいの出来事。私は、気を取り直して、「市長には三溝裕子さんを。市議には、私、とのむら健一を」と訴えた。
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# by ken-tono | 2006-01-16 21:59

稲わらの敷布団   

体感温度15度。そのぐらい暖かい春のような日和だった。でも、つかの間の陽気だと思う。成人式が1月15日のころは、必ずといっていいほど雪が降っていた。私が子供のころの秋田の冬の暖房といえば、まきストーブだった。毎年秋には丸太を仕入れて、まき割りの手伝いをした。まだプロパンガスがなかったので、母は、このまきストーブでご飯を炊いていた。今にして思えばとてもおいしいご飯だったのかもしれない。そして、夜寝るときの暖房が、20センチ位の稲わらの敷布団に湯たんぽ、また、冷え切った足を暖めてくれる両親の足だった。シンシンと降り積もる雪の音なき音を聞きながら、眠りについた幼少のころを今でも思い出す。さて、東京は、明日からまた寒さが戻るのかもしれないが、負けずに頑張ろう!
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# by ken-tono | 2006-01-15 21:58

長野県栄村・村長の話に感動!   

「寒いぞ~がんばってナ!」。体感温度2度の町田駅で、ボンボリのついてない毛糸の帽子をかぶった50歳代の男性から缶コーヒーの差し入れがあった。ありがたくいただいた。冷え切ったからだが徐々に温まり、ラストスパート。8時まで一気に政策を訴えた。今日話した内容は、この冬の豪雪と地方自治体のあり方についてだ。「私の郷里は、東北の秋田県だ。住民は、自らの命を守るためにかつてない豪雪と戦っている。新聞赤旗で、長野県栄村の紹介記事を読んだ。5日ぶりに国道が開通した。村長が住民に呼びかけたそうだ。この村の住民は長年雪と戦ってきた。終わらない冬はない。必ず春はやってくる。住民が力を合わせて頑張ろう」と。「私は、率直に感動した。それに比べて今の町田市はどうか。市民の福祉や教育を削って、貯めたお金で200億円もする新しい庁舎を建てることに熱中している。除雪するお金がそこをついている小さな村が、村長を中心に村民の命を守るために団結を呼びかけた。税金の使い方を新庁舎を第一にして、市民の命や福祉を二の次にするような今の市政を、市民生活優先に変えましょう」と。私は、同じ話を、さみぞ裕子さんの事務所開きでも、夜の育成会の新年会でもした。住民の命と暮らし、福祉を守る、本来の地方自治体の役割をしっかり果たせる町田市にするため、がんばらなければならない。ちなみに、育成会の新年会で、私が歌ったカラオケの曲は、大橋順子の「シルエットロマンス」でした。
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# by ken-tono | 2006-01-14 23:05

「とのサーン!がんばってー!!」   

体感温度4度、早朝の町田駅。「と・の・む・らサーン」・・・「ん?」・・・「とのむらサーン!」・・「ん?ん?」。私を呼ぶ声がどこからともなく聞こえた。「とのむら健一」のノボリ旗を立てていた私は、後ろ180度をぐるりと見回した。な、なんと、夜明け前の暗がりで私に向かって叫んでいるのは、20代前半の青年たち(5~6人)ではないか。私が気がついたとたん、中央にいた一人の女の子が、「とのサーン!がんばってー!!」とさらに大きく手を振ってくれるではないか。とっさのことに私はビックリしたやら、うれしいやらで声を出すこともできずに、大きく手を振って、「ありがとう!!」と心の中で叫び返した。俄然元気が出た。朝方までアルバイトをしていた青年たちだと思うが、自分たちの将来と社会に希望を持って頑張ってほしいなと率直に思った。7時に、三溝裕子さん、佐藤洋子さんらと合流。交代でマイクを握った。女性二人が加わると、ピンクの旗も手伝って、カラフルで、華やかになる。10分交代で演説したが、滑らかに政策を訴えることができた。いろんな人に会える駅頭は楽しい。
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# by ken-tono | 2006-01-13 22:02

国民が中心の新しい政治を   

今朝の体感温度マイナス1度。午前7時を過ぎたら、外気はグーンと冷え込んだ。昨日から、日本共産党が、第24回党大会を4日間の日程で開催したことを、ハンドマイクで訴えた。「アメリカ言いなり、財界言いなり、首相の靖国・侵略戦争肯定の歴史観など、異常な自民党政治を変えましょう。国民が中心の新しい政治に変えましょう」と。「国民が中心の新しい政治」というフレーズ、自分で話しながら、朝の凛と澄み切った空気の中でとても新鮮な響きに聞こえました。
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# by ken-tono | 2006-01-12 22:30

秋田から母のたより   

体感温度2度。朝の宣伝で、「とのむら健一パンフレット」を配った。若い女性が、裏面の「とのむら健一のふるさと・秋田から母のたより」のところを見ている様子。旧阿仁町の実家付近を撮影した写真は、去年の暮れ、12月23日の午後、実家の隣に住む幼友達・芳樹くんから大雪の写真をメールで送ってもらった。新潟県などでは、この間の豪雪で集落が孤立しているところがあるようだ。私にとっても人事ではない。一晩の積雪が、88年ぶりということだから、現在80歳の母が生まれる前、103歳の祖母が15歳のときだ。直木賞作家、熊谷達也氏の著書『邂逅(かいこう)の森』の題材である「阿仁またぎ」が現役で熊やカモシカを追っていたころのことだったのだ。阿仁町にコクド(西武)が開発した大型スキー場はいまや閉鎖してしまった。世界遺産・白神山地と連なる奥羽山脈にそびえる森吉山(1400㍍)のブナの原生林が惜しげもなく伐採されたなれの果てだ。『邂逅の森』で乱獲された熊が人間に逆襲したように、いま、自然が人間に猛威を振るっているのだと思う。利潤追求の開発や大型公共事業のあり方を抜本的に考え直し、治山治水、私たちの豊かな自然環境を守り、再生させなければいけない。私は、私を生み育ててくれた秋田県北秋田郡阿仁町(現 北秋田市)の人々と自然に感謝したい。そんなことを思い巡らせている間に、パンフを手にした女性の姿が遠くなりました。よし!頑張っている故郷・秋田の人たちに負けないで、2月26日の頂(いただき)めざして、私も頑張らなければ!!
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# by ken-tono | 2006-01-11 22:27